現地採用日本人の使い方

● 筋金入りの「中国屋」たち

 先日、鈴木隆義さんのブログ「日本人の給料はいくらにする」を読んで、感銘を受けた。鈴木さんの考え方は、人事の原点ではないかと私は思う。

 「・・・同じレベルの中国人と日本人がいて、もし日本人の方が給料が高かったら、現地の人はやる気が出ますか?仕事の査定は、平等に、そして誰もがやる気が起こるシステムにすべきだと思います」

 という言葉は、素直にその通りだと思う。

 実は、我が社も日本人採用にずっと悩まされてきた。中国人従業員との賃金格差をおくべきかどうか、長年の課題になっていた。いくつか体験談を披露しよう。

 当社の日本人現地採用は、2001年に遡って始まっていた。大きく分けると、2001年~2004年と2005年~2010年の二つの時期になる。

 2001年~2004年、当社の創業期ともいえ、経営も安定しておらず、待遇も当然良くなかった。最初採用した日本人スタッフ2人の給料は月給3000元だった。会社はとにかくお金がないのだ。

 「3000元でも、やります。中国語を勉強してきました。中国のことを勉強してきました。とにかく中国で試練を受けて頑張りたい。実力がついてきたとき、大きく昇給していただければ、それでいいです」。このようなスタッフだった。

 ある日の朝、一人の日本人社員が通勤途中にバスにぶつけられて、怪我した。だが、病院で手当を受けたら、すぐに出勤してきた。「家に帰れ」と言っても、「私がいないと、会社が動かないでしょう」と頑として職場を離れようとしない。彼女が言っていることはその通りだった。交代社員などいなかった。

 このようなスタッフに支えられて、エリス・コンサルティングが成長した。この現地採用組の日本人たちの功績は消えることはない。まさしく、筋金入りの「中国屋」たちだった。

● 腰掛け就職の日本人と使い捨ての会社

 2005年~2010年、当社はある意味で成長し、売り上げも順調に拡大し続ける時期だった。草創期に入社した日本人社員の給与は2万元を超え、ベテラン社員だと3万元も超えた。しかし、この時期に入社した日本人現地採用社員は、がらりと変わった。

 数か月で辞めていく人が増えた。創業当初の安月給に比べると、入社時の給料は大分上がった。条件改善があって、優秀な人材がより入社しやすい、定着しやすい環境が出来たと思ったが、結果は正反対だった。誠に不思議なことだった。

 日本国内の不況で、中国で就職しようという人たちが中国に殺到した。昔は、「筋金入り」の中国屋が多かったが、今は雑多な背景を抱える日本人が増えた。

 「某人材紹介会社にいる知人から、『いま、日本人現地採用はやめた方がいい』といわれた」と、ある顧客企業の方から聞いた話だ。

 「現地採用日本人は、ダメだ」という均一論には、私は賛成できない。玉石混交状態にあることは事実だろう。しかも、総量増によって、玉の比率が急降下している。とりあえず、中国に行ってみよう。明確な目的がない人が増えたのも事実だろう。明確な目的を持っていないから、その人が悪いと短絡に結論付けも良くないと思う。色々な原因がある。

 一昔、団塊の世代や我われ60年代、70年代前半生まれの世代では、会社員になって、コツコツとやれば必ず将来が保障されていた。しかし、今の若い世代にとって、将来が見えない。給料が下がるかもしれないという時代のメッセージは強烈過ぎる。すると、誰もが戸惑う。目先に食える飯にありつくことは欠かせない。勉強しろ、頑張れといわれても、将来が見えないから、力が入らない。脱力感に満ちている。だから、すべて、若い人たちのせいにしてはいけないと思う。

 将来が見えなくても、力いっぱい頑張る人もいるが、少ない。自分が頑張っていると思っていて、回りや会社から見れば、そうでないということも多いからだ。

 そうした中で、「腰掛け就職」が増える。長期的勤務によるキャリア形成の道が閉ざされた「腰掛け就職」となれば、むしろ、限られた期間になるべく多くの現金を手にしたいのが極自然の考えだ。一方、会社が、「現地就職組日本人」をどのように位置づけしているのかにも関わってくる。「使い捨て」または「準使い捨て」で考えていたら、「腰掛け度」の向上に拍車がかかる。

● 給料は自分で決めなさい

 現地採用日本人の給料が高いか安いか、議論されて久しい。最近、当社では、ユニークな採用体制を取っているので、紹介しよう。

 給料は自分で決めなさい。

 通常は、人材が応募して会社が給与等条件待遇をオファーする。そこで、人材がそのオファーを受け入れれば、入社することになる。しかし、入社したからといっても、人材がそのオファーに納得しているとは限らない。情況がまちまちだ。市況が悪く、ほかに就職口がないから、ないよりはましだとオファーを受け入れる場面も少なくない。このような就職では、決して良いスタートアップとはいえない。

 物の売買では、まず、売り手が価格をオファーし、買い手が納得したら買うことになっている。労働力市場では、逆になっている情況がおかしい。そこで、発想転換。

 給料は、応募者自身で決める。といっても、希望をまず聞く。その希望額を、私は100%受け入れるのだ。

 1年前、ある日本人女性B子さんが応募してきて、給料はいくらほしいかと私が聞くと、月給1万2000元ほしいと答えた。「はい、分かりました。1万2000元にしましょう」と、私はその場でOKした。すると、彼女は、「えっ、それでいいんですか」とびっくりした。もっと、びっくりしたのが私だ。「あなたが提示した金額を、私が満額受け入れたのに、なぜびっくりするのですか?・・・」。

 正直な彼女が、こう言った。「実は、私は、自分の実力なら8000元くらいの給料が妥当かと思っていました。でも、面接ですから、一応多目に希望金額を言いました。けれど、人事コンサルタントの立花さんがあんなに甘かったとは、びっくりしました。私の実力を評価もしないで、すんなりとOKしてくれたとは予想もしませんでした」

 「なるほど、本音は8000元ですね。じゃ、8000元で行きましょう。採用決定だ」、私が再び、彼女をびっくりさせた。最終的に、2日後、丁寧に辞退の連絡がきた。

 「私がよく考えました。今の私の現状ではまだまだ未熟で、市場相場でも貴社の基準でも、8000元の価値がありません。もっと勉強しないとダメだと思います。月給3000元でも5000元でも、貴社で勉強させてもらいたい気持ちはありますが、基本的な生活費を考えると、やはり足りませんのでほかの会社を探すしかありません・・・」

 B子さんにとっても、当社にとっても、これが良い結果だった。マッチしないまま、無理して採用や入社することは、互いに良くない。いっそう早い段階で見切りをつけたほうが断然よい。

 男女の恋も同じだ。出会いは素晴らしいが、悲しい別れよりも、当初から付き合わない方がいい。もちろん、悲劇に酔いしれたいのなら話は別だが・・・。

● 日本人総経理の給料はなぜ高いのか?

 ある意味では、「日本人が中国人より給料が高くてもいい」と、私は思っている。前提が一つ、中国人で出来ない仕事ができること、中国人に取って代わられることのないものを何か一つ持つこと、それがあれば、プレミアムとして認める。

 たとえば、現地採用ではなく、駐在員の日本人で、特に幹部の給料が高い。中国人従業員の数倍ないし数十倍も高いことも少なくない。その駐在員は中国語もできずに、なぜそれだけ高い給料をもらっているのか、さぞかし現場には密かに不満のムードが漂う。それが故に、日本人の給料を企業の最大な秘密事項にしている。このような会社も少なくない。

 実はそこまで、隠すことはないと私は思う。理由を述べよう。

 日本人駐在員幹部の給料の内訳を、二つ分けて考える必要がある。一つは、企業の一従業員として労働を提供し、その対価として受け取る給付である。もう一つ、これは、株主から経営委託あるいは監査委託を受けた部分に対する対価給付である。後者の方が往々にして高額に上ることは、資本主義社会の一般常識である(アメリカ企業などでは、目玉が飛び出るほどその委託料が高いのだ)。だから、日本人幹部の給料が高いことには、その人の中国語力や業務能力と単純比較して結論付けすべきではない。

 日系企業中国法人の株主といえば日本本社である。駐在員の日本人幹部は、現地法人の経営者に当たる。株主と経営者は、資金やその運用(現地事業の運営)の委託者と受託者の関係にある。株主は、自己の所有する資金の管理・運用を経営者に委託する際に、その委託料をいくらにするかは、我々第三者が口を挟む余地はない。

 私が現地企業の人事制度を設計する際に、日本人幹部に数多くの特権を盛り込むこともしばしばある。これは、あくまでも株主から経営・監査委託を受けた経営者に付与する権利として位置付けしている。労働者である一般従業員と格差がむしろあって当然である。

 ただし、権利と義務は対等である。特権が付与されたことに対し、日本人幹部経営者には、一般従業員以上の義務の負担が求められている。つまり、常勤者の場合、一労働者として負うべき「忠実義務」以外に、経営者身分、そして株主派遣による監査役身分の上に発生する「善管注意義務」も上乗せされ、二重の義務を負っているのである。

 日本の会社法第330条では、「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う」と定められている。その「委任関係」について、日本の民法第644条は、「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」と、上記の「善管注意義務」を明確に定めている。

 だから、一般労働者は、使用者との「雇用関係」であり、経営者の場合、株主との「委任関係」になる。経営者で且つ労働者として常勤する場合、二重の関係と二重の義務が生じ、当然ながら、対価給付の方も、「労働報酬」としての給料と「委任報酬」の二重のペイが発生する。

 経営コンサルタントとして、企業法人つまりその株主に対して利益最大化の実現が職務の所在である。当然、日本人幹部駐在員の中国語力などよりも、経営者としての「善管注意義務」に着目する。「善管注意義務」の履行に怠慢が見られる総経理がいるとすれば、私は、遠慮せずに是正勧告を含めた進言をする。たとえ、コンサルティング契約を打ち切られても、言うべきことは言わなければならないのである。それは、私がプロフェッショナルとしての義務である。