マレー半島北部の旅(8)~「何もないところ」を旅する醍醐味

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 アロースターやタイピンの旅に出かけると聞くと、周りのマレーシア友人はみんな口をそろえて「えっ、何もないところだよ」と忠告してくれる。「何もないところ」に対して、では「何かがあるところ」とは何か。それはおそらくガイドブックにずらりと並んでいるいわゆる観光スポット、つまり名所のことを言っているのだろう。

 「観光」という言葉。光、スポットライトを浴びているところを観に行くわけだが、光の反対である影の部分が面白かったりすることはないだろうか。

 アロースターは確かにガイドブック(ネット情報)に載っているような観光スポットが少ない。そのために2泊もして何をするのかと、周りから不思議に思われていた。何しに行くのかというと、空気を嗅ぎにいくのだ。いくらネット情報が溢れる時代とはいえ、空気をリアルに共有することはできない。

 昔、香港の空港がまだ九龍の啓徳にあったとき、到着した飛行機から降り立ったその瞬間に、空気の匂いに体が本能的に反応する。下町の庶民料理に使われる八角のあの独特な甘い香りで脊髄反射を起こすのだった。その快感こそが旅の醍醐味である。どんな街にも独自の匂い(香り)が付いている。

 街の香り。名所を写真に収めることができても、嗅覚次元の香りはそれができない。「残り香」も「移り香」も時間が経つにつれ消えていくけれど、しかし脳に刷り込まれた「街香」は見事に蘇る。

 現代化や都市化が進み、大都市の香りはどんどん消臭され、消えていく。街自体が均質的になり、無機質化する。しかし、観光客の少ない寂れた地方都市は違う。その多くはまだまだ「街香」が残っている。アロースターはどんな香りだろうか?

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