インフレ基調のデフレ、「ハイブリッドフレ」時代の到来

 これからの時代は、デフレかインフレか。2021年5月24日付の記事(顧客会員限定)に、私は「ハイブリッドフレ」という造語でデフレとインフレの混在・共存を表現した。

 上記原稿執筆後の1年後に予想外のウクライナ戦争が勃発し、米中関係の悪化が進み、台湾海峡(戦争)危機が急速に増大する事態となった。諸要素の変動によって、デフレ基調がインフレ基調に取って代わられながらも、「ハイブリッドフレ」の様相がより速いペース、より鮮明な形で現れてきた。

 大量生産・大量消費の時代は、基本的にデフレ基調のはずだが、なぜインフレ基調に変わるのか。米中の対立や戦争などの諸要素が加わると、中国サプライチェーンの切断、脱中国が本格的に動き出し、調達コストの上昇に伴い、インフレが進むという文脈になる。そもそもグローバル経済は、高度の分業化をベースに物価安を実現したからだ。

 中国に取って代わる国は存在するのか。インドもベトナムもメキシコも候補者リストに上がっていながらも、それぞれ欠陥を抱えている。逆に中国はなぜ世界に供給する巨大サプライチェーンの構築に成功したか、言い換えれば整合された高度のサプライチェーンを築き上げる必要条件とは何か、掘り下げり必要がある。

 そもそも、現代社会における高度の産業化には、強権による統率が必要条件になっている。中国はこの条件を満たしている。ただし、これは十分条件ではない。例えば、ベトナムも一党支配・国家強権ではあるが、中国同様のサプライチェーを作れないのは、国土や人口規模等他の条件が欠落しているからだ。独裁国家の北朝鮮もまた然り。

 逆に、日米のような民主主義主義諸国では、強権が存在せず、合理的な産業配置を政治の力では行えない。例えば、日本経済の復活に産業回帰が欠かせないという理屈が分かっていても、日本企業を政府主導で中国から日本に連れ戻すことができないし、たとえ工場が戻ってきても、政府は日本人を強制的に生産ラインに立たせることもできないからだ。

 故に、私が繰り返してきたように、中国は「資本主義+独裁専制」のハイブリッド国家だから、強いのだ。

 先進国の国民は誰もが労働集約型の仕事をやりたがらない。そこでグローバル経済・分業化が崩壊し、中国のサプライチェーンが使えなくなると、先進国自国内またはブロック圏内で別途サプライチェーンを立ち上げることができるのか、それは大変難しい。民主主義国家では中国のように強権を動員できないからだ。たとえ何らかの方法でやりくりしても、コストが大幅に上がることは間違いない。

 結局のところ、コストは消費者に跳ね返る。これがインフレ基調の根本的な原因だ。

 だが、富裕層はあまりインフレの影響を受けない。インフレはまず生活必需品分野、中低所得層を直撃する。たとえば、1食1万円を払って食べる人は、1万2000円になってもさほど困らない。しかし、1食1000円の人は、1200円に値上げになったら、困る。実は単価1000円の食事が1200円に値上げになっても、1万円の食事は1万2000円に値上げる必要はないのだ。原価の構成が違うからだ。

 つまり、富裕層向けの財・サービスは、消費者にも生産者にもインフレ吸収の耐性が強い。逆に中低所得分野のそれが弱い。悲鳴を上げるのは、消費者だけではない。生産者側も同じ。もともと競争が激しいだけに、値上げができない。その分は従業員に跳ね返る。ブラック企業がそこから生まれるわけだ。

 日本の場合、マス市場が標準仕様だ。そのマス層の中産階級が溶解していくと、生産者側に大きな変貌が生じる。実勢のインフレを財・サービスの価格に反映できずに、価格維持あるいは実勢インフレを下回る値上げになっても、事実上一種のデフレ状態なのだ。そういう意味で、「日本は安い」というのも実は、それに該当する。日本そのものが「デフレ」状態に陥っている。

 インフレ基調のデフレ、「ハイブリッドフレ」時代の到来である。

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