「人不為己、天殊地滅」
私の心に激痛が走った一瞬である。本日某地方の日系企業Y社の従業員大会である若い女性従業員の発言だった。
この会社では、今日、新人事制度の説明と質疑応答のための従業員大会が開かれた。一連の質問に回答しながら、突然とある若い女性従業員の口から飛び出た言葉だ。
「人不為己、天殊地滅」とは、世の中、人間はすべて自己利益のためであって、自己を価値の核心とし、すべての社会的秩序がこれによって形成し、また発展の前提と基礎となる。自己を価値の核心としなければ、社会的秩序が崩れ、すべて成り立たなくなる、という意味である。
人はそれぞれの人生哲学、価値観を持つ。それを否定するつもりはない。が、一瞬にして、私は言葉が出なかった。この女性従業員が、利益の獲得のための根拠を述べ、自分の主張の正当性を強調するつもりだろうが、その言葉の意味はちゃんとわかっているのだろうか。
その哲学を裏返せば、経営者も自己の利益のために、従業員を搾取することも立派に正当化できてしまうのである。私はそれを言おうか言うまいかと迷ったが、口から飛び出そうとした言葉を押えつけた。
なんとも悲しいことだ。
中国は立派に経済成長をやり遂げた。だが、若い世代の価値観教育に成功したのだろうか。世界の普遍的な価値観は植え付けられたのだろうか。宗教も信仰もすべて捨て去り、経済成長を目指した矢先に、その将来像はどのようなものになるのだろうか。富める人は先に金持ちになったが、そのあとはどうなるのだろうか。
その女性従業員は、紛れもなく被害者である、と私は思った。世のため人のため、などと高尚な世界観を語っても偽りの台詞として軽蔑されたときは、何かが滅びる道に向かっているに違いない。
「私たち会社の管理陣は、従業員のために、なすべきことをきちんとしたか、つねに自問自答しています。だから、今日この場で皆さんと対話を持ちながら、反省も含めて改善をしていきたいと考えています」
この会社の日本人総経理の最後の挨拶を聞きながら、一瞬、私の目頭が熱くなった。
中国はお金持ちになった。けれど、お金しか持っていないような国になってほしくない・・・。私は、自分がいかに無力か、改めて思い知らされた。
「人不為己、天殊地滅」の本当の意味は、人間が正しい人になれなかったら、天罰されるということです。ここの「為」は”ため”ではなく、”なる”という意味です。
「十善戒」という悪事の不作為を推奨する説もあります。不作為以外の作為について、さらに場面場面当事者自身の解釈がなされる余地が生まれます。