東京出張中に、かなりユニークなレストランを発見した。名前も、「カナユニ」という。
元赤坂の閑静な一角に、まったく目立たないというよりも、何回通り過ごしても気付かないレストランがある。大きな鍵のレリーフが目印。音を立てながら重厚な木の扉を開けて階段を降りていくと、そこは古き時代の別世界。
1966年設立以来、45年間、漆喰壁の塗り直しと補修以外、内装にはほとんど手を付けていない。まさに時間がその空間の中に止まっているのだ。
鹿鳴館の夜会の後に足を運びたくなるのは、このレストランだ。
日本が世界に向けて扉を開き始めたころに伝来した西洋料理が、時代の温かみを包み込んだままいまもなお生きている。歴史がずしんと伝わるレストランって、もはや単なる食べ物屋ではない。
45歳になったこのレストランは、私と同年代である。一種の共鳴というか、マジックというか。いや、人生のひとコマひとコマを、一つの狂いもなく再現してくれる、涙を誘うレストランである。
小さな舞台に立つ渡邊重信氏が甘く切なく歌う懐かしいバラードに耳を傾けながら、知らずに涙が溢れ出る。
オーナーの横田宏さんは28歳の若さで脱サラして作り上げたのは、この「カナユニ」。そして、多くの人にこよなく愛される店に見事に育て上げた。
2011年3月11日、東日本大地震の夜、「カナユニ」は満席の予約が入っていた。が、電話が通じずキャンセルの連絡もなく、横田さんと従業員たちはお客のいない店内でしょんぼりしていた。20時30分頃、なんとひと組のカップルが現れた。電車が止まる中、女性は浅草橋から徒歩でやってきた。男性は埼玉県越谷市から自転車できた。彼は彼女の誕生日のために「カナユニ」に初めて予約を入れていた。その夜、従業員たちから祝福の拍手を受けて、二人の素敵な恋の物語がはじまった。
3時間以上も、贅沢な時間をいただいた。いよいよ、勘定を終え帰ろうとするその時、絶妙なタイミングで一本の赤いバラをそっと渡された。「どうぞ、奥様に差し上げてください」・・・
最後に、「カナユニ」のHPの一節で締めくくる。
此処は何処なのか。
キャンドルが揺れているからピアノが鳴っているのだろう。
だがそれは現実の音ではないようだ。
スペインかポルトガルか…30年以前の昔だ。
夢に憑かれたように歩いたフランスの何処かか。
ピアノの調べが遠くなる…。
そして何故か私は古びた階段を登ってゆく。
すると冷やかな風が流れ出し入口に星が見えた…。
仰ぐと紛れもなくそれは元赤坂…。
夜空のタペストリー。
★レストラン カナユニ
<住所> 東京都港区元赤坂1-1中井ビルB1F
<電話> 03-3404-4776
<営業> 18:00~2:30(月~金)、18:00~23:00(土)
<予算> 20,000円/人