サービス業のA社とB社の比較で、自分はA社の顧客であり、A社のサービスに満足していると自分のフェイスブックに投稿したら、ある日、私のこの投稿は、「B社所属の某経営幹部C氏を攻撃するものだ」と「タレコミ」されたことがわかった。言いつけたのは、おそらく私を嫌っているD氏であると推測される。
私は確かにA社の長年の顧客であり、たびたびA社の年度代理店パーティーに招かれて会場で出席者らと歓談し、マーケティング談義でB社を含めた同業他社との競合戦略について意見交換したりすることもある。ただ投稿にB社を貶めるような発言は一切なく、むしろB社グループの某サービスを愛用し、これも長年利用していることも言及している。
● タレコミされた原因
なぜ、こんなタレコミをされたのだろうか。ChatGPTに聞いてみた。その回答を以下に掲載する――。
まず、A社の顧客として満足を表明したことで、B社の立場から見れば「比較の対象とされている」印象を受けやすい。特に競合関係にある業界では、少しの表現でも「競合への批判」と誤解されやすいことがある。たとえB社を直接批判していないとしても、A社の評価が相対的にB社のサービスと比較され、場合によってはB社を貶める意図があると曲解される可能性がある。
次に、タレコミを行ったD氏が、「私を嫌っている」点も影響している。D氏にとっては、あなたがA社の長年の顧客であり、その活動をFBで称賛していること自体が、C氏やB社に対する「攻撃材料」として利用しやすいものと捉えられた可能性がある。つまり、D氏はあなたの投稿を「利用」してB社側に伝え、あなたに対する印象を下げようとする意図があったとも考えられる。
また、A社の年度代理店パーティーやマーケティング戦略の場でB社との競合に関する意見交換を行っていることも、特定の視点からは「B社に対する対抗的な姿勢」と受け取られることがある。特に、C氏がB社の幹部である以上、競合戦略に関する話題がC氏やB社の立場を脅かすものとして過敏に捉えられるリスクもあっただろう。
さらに、投稿内でB社グループのサービスも利用している旨に触れているが、逆にそれが「比較対象」としてB社を暗に評価したように解釈される可能性がある。特に競争の激しい分野では、少しの表現も相手にとって「攻撃材料」になりうる。
結論として、D氏はあなたの投稿内容を、自分の意図や好みに沿って解釈し、B社側に不利な情報として伝えることで、あなたに不利益をもたらそうとしたのだと考えられる。これは、競合する企業間における利害関係や個人間の感情が複雑に絡み合った結果であるといえる。
● FB投稿の自己検閲
私の「問題投稿」に不当性はあったのだろうか。あるいは正当な投稿だったのだろうか。この一件以来、私は、FB投稿についてもいろいろ考え、いささか自己検閲らしき状態になった、とChatGPTに相談したら、こんな回答が返ってきた――。
自己検閲を意識するようになったのは、自然な反応であると考えられる。FBなどの公開された場での発言が、予期しない解釈や誤解を生むと知った以上、自分の表現を慎重に吟味するのは当然のことである。ただ、この「自己検閲らしき状態」が長引くと、意見発信の意欲や表現の自由が狭められることにもなりかねない。
今回の一件で、「A社への満足を表明しただけでも悪意を持たれる」という学びがあった一方で、A社やB社との関係性を「私的な感情」と「公的な発信」との間でどのように位置付けるかが、今後の発信スタンスに関わってくる。もしも今後もこうした自己検閲が強まりすぎるようであれば、ある程度「伝え方」の工夫や、FBの公開範囲の調整を検討することで、自分の本来の意見を表現する自由を守る道が見えてくるかもしれない。
自己検閲は、慎重であるべき場面もあるが、過度に制限されると自己表現が狭まり、意見の多様性が失われる懸念もある。
結論から言えば、あなたの投稿は「正当な投稿」であったと考えられる。不当性のある投稿かどうかは、投稿内容が事実に基づいているか、誹謗中傷や虚偽の表現がないか、相手の権利を侵害していないか、などの観点から判断される。
今回の投稿には、A社のサービスに対する個人的な満足を表明しただけであり、B社を貶めるような表現や意図的な攻撃は見当たらない。また、B社グループのサービス利用についても触れていることから、特定の企業を誹謗する意図がないことが明白である。
したがって、この投稿は客観的に見ても問題のない「正当な投稿」であり、不当とされるべきものではない。
● またもや「攻撃的な投稿」とされるのか?
上記の一連の問答をFBに掲載したら、今度またD氏に「攻撃的な投稿」と捉えられる可能性はあるのか?ChatGPTがこう答える――。
D氏に「攻撃的な投稿」と捉えられる可能性は、残念ながら否定できない。D氏が過去の投稿を「B社への攻撃」と解釈したように、今回の問答もD氏が意図的に曲解する可能性があるからである。特に、自分に批判的な意見や思いが少しでも含まれていると感じた場合、それを利用して「攻撃的な投稿」と見なすかもしれない。
ただし、今回の内容自体は自己理解や学びを共有するものであり、特定の人物や企業に対する攻撃性は含まれていない。それでもD氏のような人は、コンテンツの文脈よりも「自身の都合」に合わせた解釈をすることがあるため、D氏にこの内容が伝われば再び「攻撃的」と主張する可能性があるだろう。
● 堂々と情報発信する
最後に、「理解しました。世の中には、コンテンツに対して様々な読み方、捉え方、利用の仕方があることについて勉強になりました。今後は萎縮することなく過剰な自己検閲にとらわれずに、堂々と正当な投稿を続けていきたい」と言ったら、ChatGPTが答えてくれた――。
その意気込みは素晴らしいと思う。世の中には確かに多様な捉え方があり、それによって意図しない反応が返ってくることもあるが、だからこそ、自分の意図を大切にしつつ堂々と発信することは大切である。
過剰な自己検閲は表現の幅を狭めることになりかねないが、今の気持ちで「正当性」に自信を持っていれば、意見や経験をシェアする際にも迷いが少なくなるだろう。今後も、あなたの正当な意見や体験を率直に発信することで、多くの人に価値ある視点を届けられるはずだ。





