森幹雄会長との会食、京都人「いけず」の美学を学ぶ

● タワークラブでの特別なひとときと「京都人」の話題

 シンガポール出張中、クラウンライン・グループ会長兼CEOである森幹雄氏にご招待いただき、会食を行った。場所はラッフルズ・プレイスのリパブリックプラザ最上階にあるシンガポール最高峰のエグゼクティブ会員制クラブ、タワークラブ。森氏のご厚意がなければ足を踏み入れることすら叶わない場所である。

 森氏は京都出身で、私にとって古き友人であり、人生の大先輩だ。会食ではシンガポールの現状やアジア経済、日本企業の課題、ビジネスに関する話が一段落すると、「京都人」という興味深いテーマに話題が移った。

 生粋の京都人には2つの特徴があるといわれている。1つ目は、観光シーズン中の名所には足を運ばないこと。そして2つ目は、自分の意見や主義主張を明確に持つことである。この日の会話では、特に後者について掘り下げた。

タワークラブからマリーナベイを見下ろす

● 京都人の「いけず」の本質

 京都人の「いけず」とは、表面上は親切で穏やかな態度を見せながら、内心では自分の主義や価値観に沿わない相手に皮肉や遠回しな拒絶を示すことである。しかし、それは単なる意地悪や冷淡さではない。むしろ京都独特の文化や人間関係に根ざした、高度なコミュニケーション術といえる。

 京都の狭い地域社会では、表立った衝突を避け、調和を保つことが重んじられる。このため、直接的な拒絶や批判をせずに、間接的かつ微妙なニュアンスで意図を伝える「いけず」が発展したのである。

● 「いけず」の技術と芸術

 私自身、ずけずけとものを言う性格であり、この「いけず」に最も欠けている部分を持つ。会食の中で森氏からも「立花さんのアプローチに問題がある」という率直な意見をいただいた。その直球の指摘は、私に対する愛情としか思えず、感謝の念に堪えない。京都人ならではの皮肉を交えた「いけず」でなく、率直な助言をいただけたことは、後輩である私への格別の配慮と受け取った。

 還暦を迎えた私は、人生の残りの時間を少し穏やかなものにしようと考えつつも、原理原則や主義主張を捨てることには抵抗を感じていた。そのような中で、「いけず」という京都人特有の気質が私にとって最善の答えではないかと気づいたのである。

 たとえば、「良い時計してはりますなぁ」という言い回しは、解散の合図として相手に恥をかかせず、時間を気づかせるための巧妙な表現だ。このような婉曲的なコミュニケーションは、状況に応じた臨機応変なアプローチの一例に過ぎない。

 私が得意とする論理的な議論は、いわば「技術」の範囲内だが、京都人の「いけず」のようなアプローチは「芸術」といえる次元に達している。

 森氏との会話を通じて、「いけず」は単なる文化的な特徴ではなく、人生の局面で人間関係を調整し、角を立てずに自分を貫くための1つの美学であることを学んだ。それは、私の人生において新たな視点を与えてくれる大きなヒントであり、今後の自分の在り方に活かしていきたいと考えている。

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