何でシガー吸っちゃいけないのか、正当化法則の実例検証

 古い友人と上海の某日本料理店で食事していると、強烈な香りが漂ってきた。シガーだ。隣カウンター席の中国人客が悠然とシガーをふかしている。

 「すいません、料理店なのでシガーは遠慮してもらえませんか」
 「何で?灰皿置いてあるんじゃないか」
 「あのー、煙草よりもシガーの香りが強いので、食材や料理の風味を壊してしまいます」
 「シガー禁止はどこにも書いてないんでしょう。吸うのが私の自由でしょう」
 「そのとおりです。あなたがシガーを吸うことを禁止できません。あなたに、やめてもらえないかとお願いしているだけです。ほかの客のためにも、あなた自身が食べる料理のためにもです」
 「あなたに何の関係があるんですか」 ・・・・・・

 会話が違う土俵で平行線をたどっている。もはやこれ以上話をしても無駄なので、さっさと勘定して友人と店を出た。

 私自身も大のシガー愛好者でシガーの特性もよく知っているつもりだ。日本料理店どころか、どこの料理店でもシガーをふかすのは基本的にマナー違反。たとえバーでも、私はいつも「シガーを吸っていいですか」と了解を取ってから吸うようにしている。一部、煙草がOKでもシガーがNGのバーも存在している。あるいは別途、強力な排気設備を設けたシガーコーナーが用意されている場合もある。

 シガーの香りは強烈で1回吸うと、香りが数日付着したりする。料理店のシガーは大きなNGだということは、シガー愛好者の間ではむしろ常識中の常識。このマナー違反者はこの常識を知っていたかどうか、知る術がない。ただ、彼が真正面の議論から逃げていることから、ある程度行為の不当性を知っていたことを推量できる。

 ただ、メンツが潰されたことには彼が耐えられなかったのだろう。彼のメンツが保てる注意の仕方はあるのだろうか。それが注意する側の私として考えるべきことなのかもしれない。

 ひとつ面白い現象がもう一度確認された。中国ではよくあることだ。――法律(規則)を破る人は破る理由(合理性)で自分を正当化する。マナー違反の人は法律(規則)の不在を理由に(合法性)自分を正当化する。そして、どうしても正当化できないときは、関連性の不在(「あなたに関係ないだろう」)を理由に逃げる。

 合理性=「灰皿置いてあるんじゃないか」
 合法性=「シガー禁止はどこにも書いてない。吸うのが自由だ」
 関連性不在=「あなたに関係ないだろう」

 合理性、合法性で正当化しようと試みて、最後は関連性不在をアピールする。この法則は何回も何回も中国で実証されている。