臭豆腐物語、サクセス・ストーリーと 「非国民食」の禁断症

 私も大好きな一品、臭豆腐。

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 清の時代、科挙試験(公務員選抜試験)を受けるために、紹興から上京する少年がいた。しかし、残念ながら落第。少年は所持金を使い果たして、故郷へ帰る交通費もなくなった。しかたなく、北京に残り、一年間勉強して、翌年再度試験に挑戦することにした。貧しい少年は余分のお金を持っておらず、ちょっとした商売をやりながら生活費を稼ぐしかなかった。何の商売をやったら良いか、少年の父親が豆腐屋だったから、豆腐を作って売ることにした。

 少年が作った豆腐は売れ行きが悪かった。天気が段々熱くなるにつれ、豆腐にカビが生えてしまう。捨てるのももったいないので、小さく切って塩漬けすることにした。

 しばらく時間が経って、秋がやってきた。少年がある日、塩漬けした豆腐の壷を開けたところ、何だこの臭いの、よく見ると、豆腐が完全発酵して、青色を呈しているのではないか。食べられるのかなと、少年が一切れの臭豆腐を口に運ぶ。これは、旨い!臭い中に隠された濃厚な発酵香で少年が飛び上がる。また、臭豆腐をご飯に乗っけて食べると、相性が良く、ご飯が進む。早速、隣人に試食してもらうと、大好評。

 とうとう少年は、科挙試験を放棄し、臭豆腐の商売を始めた。コストも売値も安く、低収入の労働者たちにどんどん売れた。お金を儲けた少年は、故郷に帰って紹興で本家臭豆腐本社を立ち上げ、商売を大成功させた。

 後、貧民の食べ物として親しまれていた臭豆腐は、朝廷にも入り、西太后や皇帝の食卓に上り、御膳小菜という名誉まで授かる。ただし、「臭豆腐」という名は、エレガントさに欠けるため、「青方」に改名された。民間では、いまでも、「臭豆腐」の名で通り、中国本土にとどまることなく、香港や台湾、シンガポールにも広がって、屋台食の代表格となった。

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 臭豆腐を平気で平らげられる日本人は、極めて稀有。香菜を食べられたら、「アジア人」と称しても良いといいますが、臭豆腐を食べられると、もう、日本人ではない。臭豆腐は、日本人にとって、「非国民食」と私は冗談半分で言っています。

 臭豆腐は、それだけ匂いのきつい食べ物なのです。臭豆腐店あるいは屋台は、直径100メートル範囲内なら必ずぷん~と匂ってきます。私の場合、あの匂いを嗅ぎ付けると、吸い込まれるように必ず買って食べます。臭豆腐は、とにかく、臭いのです。臭いのに気を取られ、食べる気を無くしてしまう。そこで、日本人でも臭豆腐を美味しく食べられる方法を教えます。

 臭豆腐料理の種類がかなり多いのですが、まずは、オールド・ファッションの元祖揚げ臭豆腐に挑戦しましょう。

 慣れない人は、まず、紹興酒を飲みましょう。紹興酒の効果は以下の通りです。
 ① 味覚を中国モードに切り替え、臭豆腐へのステップアップの準備を整える。
 ② 麻酔効果、臭覚と味覚に麻酔をかけて臭い匂いを和らげる。
 ③ 実は、紹興酒と臭豆腐は、ともに紹興出身で相性が抜群に良い。

 紹興酒を一杯か二杯ほど飲み込み、濃厚な香りに親しみを感じ、少しほろ酔い気分になれば、さあ、臭豆腐です。これで、病み付きになると、収拾が付かない境地に入ります。私の知り合いの日本人が、日本帰国後、「臭豆腐禁断症」にかかり、数元単位の臭豆腐を食べるために、何万円の航空券を買って中国にやってきます。

 揚げ臭豆腐が好きになると、次は臭豆腐シリーズ料理です。臭豆腐をベースに、蒸し物、揚げ物、煮物、炒め物とバリエーションが豊富です。さらに物足りなくなると、「カビ料理」つまり「発酵系料理」に手が出ます。臭豆腐やその系統の料理を中国人と一緒に食べると、互いの距離間がぐっと縮まるに違いありません。

 この手の料理の本家は、やはり浙江省の紹興や寧波あたりです。紹興市内のレストランでは、発酵系料理専門メニューが設けられています。漢字の「霉」(メイ)が付いていれば、それです。

 因みに、立花流の「世界三大発酵料理」は、「イカの塩辛、ブルーチーズ、臭豆腐」なのです。