時間の止まった1年、コロナはまだまだ続く

 2月4日を期限とするマレーシアのMCO(活動制限令)は2週間延長され、2月18日までとなった。要するに旧正月もロックダウン状態下に置かれることだ。

 ちょうど1年前の2020年2月10日、名古屋。私は豊田中央研究所の大ホールの檀上に立った。トヨタグループの幹部・社員500人を前にして「終身雇用制度崩壊のシナリオとソフトランディングの方向性」と題した講演を行った。

 講演の予定はわずか1週間ほど遅かったら、コロナの襲来でキャンセルされていただろう。少なくともリアルな対面講演はできなかっただろう。といっても、500人も集まるような講演会はこれから果たして可能だろうか。百年一度の災厄、新型コロナウイルスが日本そして世界を襲い、我々が住むこの地球を想像すらできなかった姿に変えた。特定の宗教を持たない私にこれだけ神の存在を意識させてくれる出来事はほかになかった。コロナはもしや神の使者だったのではないか。この世界は行き詰まっている。神はその方向性を大きく、抜本的に変えるためにコロナという使者を地上に送り込んだのではないかと最近そう思えてならない。

 2月10日のトヨタ講演を終え、その翌日に私は羽田から上海に向かう予定だった。上海で現地の日系企業向けのセミナーをこなして、居住地であるマレーシアのクアラルンプールへ帰還する日程を組んでいた。しかし、中国では1月23日の武漢ロックダウンを皮切りに各地相次いでロックダウンが始まり、コロナがいよいよ中国全土制覇の勢いを見せ始めた。中国はとにかく危ないので、上海出張をキャンセルし、出張先を台北へ変更した。

 2月11日、台北に到着。米中貿易戦争が激化するなか、台湾の存在感が格段に大きくなった。将来中華人民共和国に取って代わるまで行かなくとも、アジア地域では何らか特別な役割を引き受けるだろうと、自分の読みに確信を持ち始めた私は、台湾事業の事前調査に着手しようと考えた。たまたま上海出張がキャンセルされたので、その時間を台湾に充てようと台北1泊の予定で桃園国際空港に降り立った。事前調査のための事前ヒアリングというつもりで、台北市内で関係者と打ち合わせを兼ねて夕食を一緒に取った。美味しい台湾料理を頬張りながら、これもまた美味しい金門高粱酒を飲み、ほろ酔い気分で2~3か月後の再会を約束した。

 しかし、結果的に約束は果たせなかった。コロナは中国だけの問題にとどまらず、まさかその後各国が国境閉鎖に踏み切り、地球全体が災厄に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。

 2月12日朝、私は台北桃園国際空港発の中華航空機に乗り込み、昼過ぎにクアラルンプールに到着した。それがコロナ遮断に先立って私のラストフライトだった。1か月後の3月18日、ベトナム出張を予定していたが、同日にマレーシア政府が国境閉鎖と本格的なロックダウンに踏み切った。ベトナム出張もその後の海外出張もすべてキャンセルせざるを得なかった。私のパスポートに押された2020年2月12日付けのマレーシア入国スタンプを最後に、時間が止まったのである。

 1年も経ったのだ。

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