私はこうして会社を辞めました(37)―一期一会カムサハムニダ

<前回>
(敬称略)

22769朝鮮人民軍兵士と記念撮影

 「立花さん、ご飯、いつも何杯食べますか?お代わりはしますか?」
 「お代わりしますよ。二杯」
 「奥さんは?」
 「私は、一杯だけ」

 以降、北朝鮮旅行中の全食事には、私にご飯が二杯、妻には一杯しか出ない。ある日、妻は食欲旺盛でお代わりを求めると、断られた。食糧事情の悪さは手に取るように分かる。それでも、われわれ外国人には豪勢な料理が出るし、人参酒もふんだんに振舞われた。

 平壌市内観光、妙香山(ミョヒャンサン)の紅葉見学に続き、いよいよ私が期待していた板門店ツアーの日がやってくる。

22769_2妙香山の紅葉と北朝鮮ウォン紙幣

 晴れ渡った大空、優しい秋風に揺れるコスモス、北朝鮮の田園風景は絵そのもの。その絵の裏に違う絵がなければ、北朝鮮はどんなに素晴らしい国なのだろう。理想郷的な風景の裏にどのような絵があろうと、北朝鮮の人々の優しい心に私は数え切れないほど感動を覚えた。金氏一族の共和国の元でたくましくも生き延びる人たちからは、数え切れないほど私たちが学ぶものがあった。

 そして、北側から板門店に到着。南と違って物々しさをまったく感じない。「撃たれたら責任を追及しない」という誓約書も署名させられることはなかった。ついに、私が北朝鮮の領土から板門店国境のプレハブ小屋に踏み入れた。窓の外からは、巡回中の韓国兵士が覗き込むと、私が思わず目線を合わせてニコッと会釈した。

 国境の向こうからは、韓国側の大音量の宣伝放送が行われていた。どうやら、北側の独裁政権を非難し、兵士の脱走や民衆の亡命を呼びかけるような内容だった。南側から見学に来たとき、韓国側は、「北側がいつも大音量放送で、政治宣伝をしてとてもうるさい」とガイドが説明していたが、南側も同じことをやっているのではないかと、皮肉したくなるほどだった。

22769_3板門店で北朝鮮人民軍将官から説明を受ける

 同じ場所でも、南側からと北側から、異なる視点でものを見ると、異なるものが見えてくる。われわれ人間も、日常的に当たり前と思っているものについて、意識的に角度を変えながら観察し、思考することはどんなに重要か、改めて思い知らされた。特に法律人や経営者として、複眼的な視点を持たないとかなり危険である。

 5日間の旅はあっというまに終わり、お別れの朝がやってきた。平壌空港の出発ロビーで、記念写真の撮影を終え、ガイド二人と運転手の金さんとお別れの握手を交わすと、私は目頭が熱くなった。

 「今度、また来てね、楽しかったよ、われわれも」、ガイドは握手の手を離そうとしなかった。
 「うん、きっとまた来ます、今度は金剛山(クムガンサン)へ行きたい」
 「それは綺麗ですよ、また、われわれが案内しますよ」

22769_4平壌順安国際空港から北京へ

 搭乗のアナウンスが狭い出発ロビーに響き渡る。

 「許さん、徐さん、金さん、みんな元気で、家族と一緒に幸せになって!またいつか会おう」 、彼らが見送りの人群れの中に埋もれても、私は一生懸命手を振り続けた。

 高麗航空機が平壌の青空に飛び立ち、翼の下に荒涼な北の大地が見えてくると、私が密かに心の中で感謝の言葉を繰り返した。

 「カムサハムニダ、チョソン」

<次回>

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