マレーシア移住を振り返って

 ちょうど8年前、2013年9月21日。立花壮行会に先立って上海のホテルで「マレーシア移住セミナー」が行われた。数十名の出席で、私はなぜマレーシア移住を決意したか、その経緯を説明し、またマレーシア移住の概要も紹介した。

 中国経済も当社の中国事業も、最盛期を迎えた当時、13年間も住んで仕事してきた上海に別れを告げ、赤道直下の小国マレーシアへの移住を突然決めた私は、狂気の沙汰でしかない存在だった。社員も大反対。私がいなければ、上海の会社が崩れるのではないかと。

 9月21日の移住セミナー・壮行会に出席した顧客企業の幹部は、「移住って、本当なんですね」と驚きを隠せない。と、実は私は2000年8月に東京の仕事をやめ、独立・起業して上海に引っ越したときに、すでに第三国へ移住する腹積もりだった。中国は、旬だけ楽しめばいいと。旬とは、2015年までの15年が一応の目処だった。

 2012年春、3年後の本移住を控えて、そろそろ動き出さねばならない。移住先はマレーシアに決め、MM2H移住ビザの申請に着手し、4月末にも仮承認を得る。その時である、中国はどうもきな臭くなってきた。7月に渡馬、MM2H本ビザを入手。その足で上海に戻ってみると、いよいよ中国の反日デモは9月に入って過去最大級となる。

 2015年まではもう待てない。移住を2年繰り上げ、翌2013年の秋に決めた。1年しか準備期間がない。かなり慌しい。早速、2012年10月にマレーシアへ再渡航。実務的準備に取り掛かる。同年11月、マレーシア移住の会発足。以降上海や東京で数度移住の会セミナーや懇親会を開催。

 2013年4月、千葉県の移住中継地点視察。愛犬2匹を上海からクアラルンプールへ直接連れて行くと、検疫の係留がかかるので、日本を経由せざるを得ない(日本からの動物輸入なら即日検疫通過可)。日本での手続もあって、成田空港周辺で2週間ほど愛犬と一緒に泊まれる施設を手配しなければならない。最終的に千葉県・ブルーベリーヒル勝浦に決定。決め手は、20万坪という巨大な庭。構内を散歩して一周するには、1時間はかかる。これなら、愛犬も喜んでくれるだろう。

 2013年8月、移住前の最終マレーシア渡航。家の契約、自動車購入、新居の整備、備品の購入など。そして9月末に移住。

 あれから、あっという間に8年も経った今、どうやら、マレーシア移住も意のままにできるものではなくなったようだ。個人的には、移住が正しい選択だったと思っているし、これからもマレーシアに住み続けるつもりだ。

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