実態を暴く、岸田流「新しい資本主義」とは?

 岸田文雄・自民党新総裁が唱える「新しい日本型資本主義」の実態とは?一言でいえば、社会主義と資本主義のハイブリッド。そんなもんはできるのだろうか?

 世の中、本質的に、資本主義と社会主義という2大概念しかない。そもそも「新自由主義」やら何とか主義といった用語をつくり出した学者たちは、学説を自分の名とセットに歴史に残したいだけの話である。だから、世の中はどんどん複雑化していく。レーガノミックスから、アベノミクスやキシダノミクスのいわゆる「日本型新資本主義」までは同じ原理に基づく。

 学者や政治家たちが名を残したいから、学説や概念を次から次へと打ち出し、世の中をどんどん複雑化する。そこまでの大物になれない中物小物の研究者やら評論家やら、そうした肩書きを抱える層もそろって様々なラベルを担ぎ出しては論文や記事を発表していく。基本的に、いわゆるエリートたちは、世の中を複雑にして飯を食っているわけだ。

 複雑に見せかけたところで、一般人がその理解を試みようとしなくなる(実は理解する必要もない)。ああ、こりゃあ難しいわ、先生たちに任せるしかないなあと世間に思わせたらオチだ。シメシメと。

 で、世の中は変わったのか?ちっとも変わらない。レーガンやサッチャーあたりで変わったのは、時間と空間(場所)を折り込まずに人物や政策の評価に特化したからだ。その時とその場所だからこそ、成功したのだ。池田内閣の所得倍増計画が成功しても、岸田内閣の新・所得倍増計画は失敗する。それは池田が頭よくて、岸田がバカだからだろうか。違う。

 実務的な改革よりも、概念のすり替えがもっともコストがかからないし、効果てきめん。新自由主義がダメになったら、新日本型資本主義の出番だ。

 「所得格差を縮小させながら、経済を安定化させる」「成長しながら、分配を公平にする」「給与を引き上げながらも、雇用を保障する」「雇用を保障しながらも、生産性を上げる」……。岸田氏がいっていることは、すべて資本主義が抱えている矛盾なのだ。これらの矛盾(の原型)はマルクスが発見して、社会主義をぶち上げて解決しようとしたが、歴史がその失敗を証明した。

 財源の確保と分配を両立し、理想とする岸田氏の日本型資本主義は、理想型モデルという概念的な意味で、マルクスの社会主義・共産主義の焼き直しにすぎない。

 しかし、理想をいかに実現するかについては、マルクス系では、階級闘争や暴力革命といった明確な手段を打ち出し、しかも実践し、政権奪取までは成功を証明したのだが、岸田氏が提唱する資本主義枠内における平和アプローチ(財政政策などの弄くり)によって実現できるのか。それが成功すれば、岸田氏は資本主義が抱える矛盾を解決した思想家・哲学者・政治家として、間違いなくレーガンやサッチャーを超える、いや、マルクスを凌駕する存在になる。

 無理だと、私は断言する。

 結果の平等機会の平等か、これは社会主義と資本主義の本質的な違い。資本主義枠組みのなかでできることは、機会の不平等をいかに是正するかだ。しかし、岸田氏はこの本質から逃げている。なぜならば、それは既得利益のリセットを意味し、今の日本社会では政治的に不可能だからだ。

 ワシントンの沼から泥水を抜き取ろうとしたトランプが負けた。永田町の沼にどっぷり浸かってきた岸田氏はそもそも、泥水を抜かれて天日干しにされた時点で滅びるのだから、リセットなどするはずもなければ、できるはずもない。

<次回>

タグ:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です。