総経理が本社に解雇される、労働者側へのコンサルティング

 昨日19時、当社の会議室に姿を見せたのは、誰もが知る有名欧州ブランドの中国地区総経理、香港人のMさん。

 不当解雇の相談。従業員の解雇ではなく、Mさん自身を、本社の解雇命令から守ることができるかどうかの相談だ。

 賞与も入れると、年俸100万元(1400万円)を超える中国地区(従業員200名)の最高経営責任者が、欧州本社から解雇される。理由は、内部統制上の欠陥(おそらく、内部通報制度で告発されたものかと思われる)。従業員の賞与の税務処理に、改正税法に合致しない部分があって、総経理が管理上の責任を問われ、引責辞任を求められている。

 まだ40代前半のMさんは、高給取りであるだけに、職を失うと、生活への影響が甚大だ。何よりも、上記税務上の処理は、部下の中国人財務部長の提案で行ってきた。その財務部長は、「中国だから、グレーゾーンは避けられない。他所の会社も同じように処理しているから、問題はない」と言って、総経理のMさんが承認したものだった。いざ、責任追及となれば、総経理のクビがかかってしまう。いささか、理不尽を感じずにいられない。

 労働契約、出向契約、中国現地法人の就業規則など、書類に一通り目を通し、助言をする。Mさんに有利な点がいくつも見付かった。

 「Mさん、あなたは、解雇を恐れる必要はないと思います。ポイント1、2、3と4を主張すれば、仲裁でも裁判でもあなたは有利な立場に立つことができます。逆に、あなたに不利な点Aはここですから、おそらく会社は気付いていません。たとえ、指摘された場合でも、あなたはBで抗弁すればクリアできます。ですから、一見不利なケースでも、それほど心配要りません。どちらかというと、会社側の処理上の瑕疵を指摘すれば、会社が逆に不利な立場に立たされます。そのとき、自発的な辞職の代価として、退職補償金の交渉に持ち込めば、好条件を引き出す可能性が大です・・・」

 「では、会社が不当解雇を断行した場合は、どうすればいいんですか?」、Mさんはまだ若干心配している様子だ。

 「すぐに、労働仲裁を申し立てることです。いずれ、勝訴になれば、解雇日から裁決までの間、不当解雇の賠償を別途請求することができます。そして、もう一つ教えましょう。マスメディアです。あなたの会社は、世界的に有名な会社でしょう。その会社の中国地区総経理の不当解雇係争は、ジャーナリストにとってこれ以上美味しいネタがありません。しかも、税務上の不祥事、中国のメディアが嗅ぎ付けると、大々的に報じるに違いありません。不祥事で中国地区総経理が引責辞任なら、その上司であるアジア地区の総責任者にも責任が行くでしょう・・・」

 「ありがとうございました。お蔭様で、気が晴れました」、表情がすっかりと明るくなって帰っていったMさんだった。

 私は、人事労務専門といっても、95%以上が企業側へのアドバイスだ。たまに、このような労働者側の案件もある。労働者側の案件は、はるかに簡単だ。日系企業も含めて、8割から9割の外資企業の人事労務には、多少なりとも違法点や瑕疵が存在している。「叩けば埃が出る」というよりも、「持ち上げるだけで埃が落ちてくる」現状だ。それを引っ張り出せば、企業はたちまち不利な立場に立たされる。

 当然ながら、当社契約先の企業の従業員からは、一切労働案件を引き受けることはしない。利益相反になるからだ。このような労働者側の案件で、労働者側の目線や視点を持つことができる。今度、企業側に立ってみると、より複眼的に物事を判断することができるようになる。

タグ: