頭は神頼み、足は綱渡り

 本屋の店頭に立ち止まり、自分の著書を手に取って眺め、数分間立ち読みしながら、無上の幸福に浸かる・・・私の夢がいよいよ現実になる。

 東京の出版社から最終確認が来た。私の著書「実務解説 中国労働契約法」(中央経済社・董保華先生と共著)は、6月の出版が確定になった。

 長くコンサルタントをやっているが、恥ずかしいながら実は処女作の出版である。しかも、ハードカバー(上製本)をしていただけることで、恐縮している。正直いってとてもうれしい。

 しかも、中国労働法学者の第一人者・私の法学博士コースの恩師である董保華先生との共著であるだけに、身に余る光栄とこれ以上ない名誉を感じる。700頁超の大型物だが、企画から2年近くの長い期間がかかった。新法が出ればリアルタイムに書き上げる速報型ではなく、あえて法の実施状況をじっくり確認しながらの「熟成型」と自画自賛している。

 コンサルタントの職につきながら、よく周りから薦められるのは「本の出版」。本は、日本人から見れば、信頼の象徴だ。「本も出している先生だから信頼できる・・・」、私のような独立系コンサルタントは、背後にネームバリューのあるサポートもなければ、著作で信頼性をアピールしかない。でも、デタラメな本は書きたくなかった。日本の本屋店頭に並ぶ「中国ビジネス」と銘打った本は数百とある。ごくわずか名作といえるものもあれば、まったくのデタラメものも少なくない。

 以前、私が上海で某有名な作家からインタービューを受けたことがある。その作家は日本から中国にやってきて、上海や北京、大連、広州など主要都市を回って、私のような現地在住組や現地日系企業にヒアリングしながら、なんと1ヶ月ちょっとで一冊の本を書き上げた。後、献本で送られてきた著作を読んでびっくり。私がインタービューで話したことの真意がまったく理解されておらず、彼自分の論点を裏付けるための材料に無理やりにされていたのではないか。まことに遺憾だった。

 ある日上海の某宴会で隣りあわせだったX氏が、「実は、私、本を出版しました。『中国株で○百万元を儲けよ○○××』という本です」と切り出すと、私は「なるほど、Xさんは、本を書くのを辞められた方がいいんじゃないですか、印税よりも株のほうが断然収益が高いんでしょう」と返したら、X氏との会話がそれで一気に途絶えてしまった。

 読者にも出版社にも問題がある。某企業の責任者Yさんから、こう聞かれた。「立花さん、中国関係の本、この一冊読めば大丈夫だという一冊を紹介してください」。私は愕然とした。「この一冊読めば○○は大丈夫だ」という馴染み深いセリフは、どこかで見た覚えはないか?

 私はYさんにこう答えた。

 「どうしてもこの一冊というのなら、聖書を読んでください。ホテルの引き出しにも無料で入っています」

 私は決して皮肉るつもりはない。現に多くの日本企業を見ると、頭は神頼み、足は綱渡り、こういう現状なのである。