ベトナム(5)~明日世界が滅ぶとも、今日君は林檎の木を植える

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44962_1サイゴンへの道

 大雨、道路の浸水がひどい。朝、海辺のレストランに朝食に行くときも海水パンツ姿、膝までの泥水と格闘しながら。プールが水没して跡形もなく消えていた。このまま土砂降りが続くと、明朝の道路は大丈夫かと心配になった。明日午前中のホーチミン発の飛行機に乗り遅れると、北京セミナーと出張アポがつぶれてしまう。

 停電。朝9時過ぎ、リゾート全館停電に見舞われる。悪い予感がする。今日の1泊をキャンセルして、ホーチミン市内へ向かうことにした

 ホーチミン市に向かう道路の浸水も深刻だ。車がエンストしなければいいが、今回の運転手は英語がまったく通じない・・・

 14時30分、ようやくホーチミン市に帰着。ほっとした。2日前と同じ宿、サイゴン川沿いのマジェスティック・ホテルに泊まる。

 なんと、コロニアル・ウイング(旧館)が空いている。ラッキー。このホテルを楽しむためには、やはりこのコロニアル・ウイングに限る。が、先日満室だったため、やむをえず増築の新館に泊まった。これで念願が叶った。

44962_2マジェスティック・ホテル202号室(コロニアル・ウイング)

 無理を承知してコロニアル・ウイングの103号室は空いているかと聞いたが、それがダメでちょうどその斜め上の202号室が空いているので、泊まることになった。

44962b_2マジェスティック・ホテル202号室(コロニアル・ウイング)

 103号室は、開高健氏が泊まった部屋。ドア脇のプレートに日本語とベトナム語の併記があった。少し変な日本語だが――。「日本の作家開高健は1964年末から65年までサイゴンに滞在して、開高健はマジェティックホテル103号室に滞在していました。(現ホーチミン市)毎週、開高健は、週刊朝日にいろいろな記事をよく送りました。また、ベトナム戦記について書きました」

44962_3マジェスティック・ホテル、開高健氏が泊まった103号室

 大変恥ずかしいながら、名作家の開高健を知ったきっかけは、あの名ワインのロマネコンティだった。開高健著「ロマネコンティ1935年」より一節を引用させてもらう。

 「いい酒だ。よく成熟している。肌理(きめ)が細かく、すべすべしていて、唇や舌に羽毛のように乗ってくれる。ころがしても、漉しても、砕いても、崩れるところがない。最後に咽喉へゴクリとやるときも、滴が崖をころがり落ちる瞬間に見せるものをすかさず眺めようとするが、のびのびしていて全く乱れない。若くてどこもかしこも張り切って溌剌としているのに、艶やかな豊満がある。円熟しているのに清淡で爽やかである。つつましやかに微笑しつつ、ときどきそれと気付かずに奔放さを閃かすようでもある」

 ロマネコンティよりも、まずこの躍動感に溢れる文字に酔ってしまいそうだ。

44962_4サイゴンは雨

かくて、われらは今夜も飲む、
たしかに芸術は永く、人生は短い。
しかしこの一杯を飲んでいる時間くらいはある。
黄昏に乾杯を!

明日世界が滅ぶとも、
今日君は林檎の木を植える。

 開高健氏の名言を思い浮かべて、サイゴンの最後の夜に、祝杯をあげる。何を祝すか、何でもない普通の一日だからこそ祝すのである。生きることを祝して、カンパイ!

<次回>