● 日本の切り花出荷は30年で半減
1996年、日本の切り花出荷量は57億本を超えていた。それが2023年には約30億本。ほぼ半減である。数字は冷酷だ。日本人は「花を愛でる民族」と言われてきたが、その花が家庭から静かに消えている。
切り花の行き先は大きく二つ。店舗や式場などの業務用と、家庭用だ。業務の場合、花は空間演出や儀礼の一部であり、ある種の必需品である。だが家庭の場合は違う。花は生活を彩るための裁量消費だ。なくても生きてはいける。だからこそ、経済に余裕がなくなると、最初に削られる。
この30年、日本の可処分所得は伸び悩み、将来不安は強まり、支出は「必要なもの」に集中してきた。住宅、教育、保険、通信。固定費は増え、裁量の余地は狭まる。その結果、花のような「心を満たす消費」は後退する。家の中に一輪の花を飾ることが、贅沢のカテゴリーに押し込まれていく。
花の減少は、単なる産業統計ではない。生活の構造変化を映す鏡だ。家庭から花が減るということは、余裕が減るということだ。余裕とはお金だけではない。時間、気持ち、精神的なゆとり。その総体が削られている。
● 中国の切り花販売量は90年代比で2桁増
では、中国はどうか。
1990年代前半、中国の鮮切花販売量は数億本規模にすぎなかった。1990年は約2億本、1995年でも8億本程度である。それが2020年代に入ると、全国の鮮切花生産量は170億本規模に達しているとされる。90年代比で、桁が一つどころか二つ違う世界だ。
日本が57億本から30億本へと縮小したのに対し、中国は数億本から百数十億本へと拡大した。人口規模の差を考慮しても、このトレンドは対照的である。中国では、花はまだ「成長する消費」だ。都市中間層の拡大、オンライン販売の普及、祝祭文化の商業化が、日常的な花の需要を押し上げている。贈答需要中心とはいえ、生活の上昇局面にある社会では、花は増える。
ここに、二つの国の経済心理が映る。成熟と停滞の社会では、裁量消費が削られる。上昇と拡大の社会では、裁量消費が広がる。花はGDPよりも正直だ。もちろん、人口構造や文化の違いという説明もできる。しかし、それでもなお、日本で家庭の花が減り、中国で花の総量が拡大しているという事実は象徴的である。経済は数字で語られる。だが暮らしの温度は、もっと小さな指標に表れる。
食卓の上の一輪の花。それが増えている社会と、減っている社会。その違いは、単なる園芸市場の問題ではない。それは、社会が前を向いているか、縮んでいるかの差かもしれない。





