大和魂という麻酔――心理学で読む、いまの日本

 高市自民党が大勝した。消費税でもない。物価でもない。裏金でもない。いま日本の有権者が最優先しているのは、金ではない。国家観であり、対中強硬というイデオロギーである。これは政治家に踊らされた結果というより、国民自身が選び取った優先順位だ。これは「民意」よりも「民情」である。

 マルクス理論では、経済という下部構造が、思想や国家観といった上部構造を規定するとされる。だが、日本ではその順序が逆転している。経済的な不満が蓄積しているにもかかわらず、人々はそれを争点の中心に据えず、「大和魂」や覚悟といった精神的立場の選択を優先している。

● 「貧」と「困」、「苦」と「痛」のあいだ

 いわゆる「貧しくても精神優先」という現象である。正確に言えば、「国民皆愛国」という虚像である。これは成熟でも覚悟でもない。社会が別の段階に入ったというだけの話だ。

 「貧困」「苦痛」というが、日本人はいま、
 「貧」ではあるが、「困」には至っていない。
 「苦」は感じているが、「痛」には至っていない。
 とは相対的な欠乏であり、とは正常な生存に支障が生じる窮状だ。
 は不快や不安であり、は生活や身体が破壊され、修復にコストがかかる段階を指す。

 多くの日本人は、この中間に留まっている。生活は厳しいが、今日明日生きられないわけではない。貯蓄、社会保障、家族、そして「まだ大丈夫だろう」という集団的前提が、落下を遅らせている。この段階では、人は合理的な改革や再配分よりも、「意味」や「物語」を求める。だから経済よりも大和魂が前に出る。精神を選べているうちは、まだ余裕がある証拠でもある。

 「日本はまだ大丈夫だ」とは、つまりそういう状態である。

● 承認欲求の政治と大和魂の高揚

 ここで心理学が効いてくる。生存が争点でない社会では、政治は承認欲求の舞台になる。自分は正しい側にいるのか、どの陣営に属しているのか。その確認こそが最大の報酬になる。同時に、「自己陶酔」が「自己麻酔」へと進み、お酒が徐々に覚醒剤に変わる。

 大和魂や対外強硬姿勢は、この承認欲求に即効性のある答えを与える。政策の成果や数字を待つ必要はない。「屈していない」「媚びていない」「覚悟を持っている側にいる」という自己像が、瞬時に手に入る。

 ここで起きているのは、いわば麻薬効果だ。現実は変わらない。賃金も物価も生活の重さもそのままだ。だが、主観だけが一気に持ち上がる。高揚感が先に来る。耐性がつけば、より強い言葉、より明確な敵、より大きな覚悟が必要になる。言葉は先鋭化し、姿勢は硬直する。

 一方で、経済的な「貧」や「苦」は処理されないまま蓄積する。だが、それは直視されない。大和魂が、それを覆い隠す麻酔として機能するからだ。これは堕落だが、怠惰による堕落ではない。「耐えている自分」「分かっていて我慢している自分」を肯定することで、現実への対処を先送りする堕落である。

● サプライチェーンやレアアース、そして抗生物質――じわじわ来る「痛」

 問題は、精神ではどうにもならない現実が、すでに足元にあることだ。食品や衣服、医薬品に限らず、日本のサプライチェーン全体が、中国依存という構造的前提の上に成り立っている。抗生物質の原薬は象徴的な一例にすぎない。

 中国は正面から止めない。環境規制、検査、許認可、運用の厳格化。すべて合法で説明可能な理由を用いて、供給を細くする。これは医薬品でも、鉱物資源でも、化学品でも同じだ。じわじわ効かせる。結果として起きるのは、供給停止ではない。納期が読めなくなり、在庫が薄くなり、価格が上がる。現場には確実なストレスがかかる。

 レアアースは、その先行事例である。安全保障を理由に自国調達を掲げ、莫大な国費を投じて採掘や精錬に挑んだ。だがコストは跳ね上がり、最終的には製品価格や電気代、日用品の値段として国民生活に転嫁された。国家としては「依存脱却」だが、生活者にとっては静かな物価上昇である。

 サプライチェーンの現実は一貫している。資源で起きたことは、エネルギーでも起き、部材でも起き、食品でも起きる。そして、最後に医薬品へと波及する。医薬品は代替が効きにくく、需要を止められない分、影響は遅れて、しかし深く効く。

 ここで問われるのは、「大和魂でこの連鎖に耐えられるのか」という話だ。魂は痛みを耐えさせる。だが、サプライチェーンの摩耗も、感染症も、治さない。

● 高揚が切れたときの落差

 高揚感から日常生活の実態に引き戻されるとき、その落差は大きい。だから刺激を止められない。精神を主燃料にした政治は、現実路線に戻れない。戻った瞬間に「裏切り」と見なされ、政治的に死ぬからだ。その間にも、「貧」と「苦」は蓄積する。ある日、それが「困」と「痛」に反転する。そのとき落ちるのは、支持者の意識だけではない。医療、経済、産業、政党内部の調整能力――国家全体だ。

 結論は皮肉だが、冷静だ。経済よりも医療(健康)よりも大和魂。結構なことではないか。ただし、それが効いているのは、まだ抗生物質が棚にある間だけだ。なくなってからでは遅い。だが、なくなる直前まで、人は精神で耐えられると信じ続ける。

 だから、私が言っている。今の日本は、政治学より心理学で読めば、分かりやすい。

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