「今の若者は…」――日本では年寄りが若者に対する批判がよく聞く。一方「年寄りの既得利益」も批判される。本当の原因は?
若者に対する教育は、「年を取ればあなたたちも既得利益を入手する」という現状の直線延長を前提にしていた。努力すれば順番は回ってくる、時間が解決する、という時間差モデルである。
しかし、人口構造・成長率・資産価格・市場競争の環境が変わったことで、その前提自体が揺らいでいる。若者の不満の核心は「年寄りの既得利益そのもの」ではなく、「いずれ自分も到達できるはずだった経路が閉じつつあること」にある。嫉妬ではなく、期待の破綻への反応である。
戦後モデルは暗黙の時間差契約を前提としていた。努力すれば中流に到達でき、住宅を持ち、安定雇用に入り、老後は制度が支える。多少の不平等があっても「自分の番は来る」という信念が社会を安定させていた。
しかし既得利益の積み上げと持続可能性は、総量成長を前提とする。総量拡大が止まれば、システムが回らなくなり、限られた利益は年寄り側に滞留する。
現在は、住宅価格の上昇、雇用の不安定化、成長鈍化、市場競争の激化、社会保障の持続可能性不安により、その「到達可能性」が弱まっている。結果として、若者は「不公平だ」というよりも「約束が機能していない」と感じる。
ここで重要なのは認識の非対称である。既得側は奪った意識を持たない。制度の慣性と人口構造の帰結に過ぎない。一方で若者は回転が止まったと感じる。対立は道徳ではなく、循環速度の低下から生じている。
問題の深層は流動性の欠如である。経済的流動性(上昇経路)、制度的流動性(政策更新能力)、政治的流動性(意思反映構造)が詰まると、期待は維持できない。社会の安定は実際の分配よりも「将来到達できるという信念」によって支えられている。
結論として、世代対立は本質ではない。核心は、回転を前提とした制度が低成長・人口逆転下で回らなくなったことにある。不満はその症状である。




