年老いる糟糠の妻、鏡中の姿を悲しむ暇もない外資の将来は?

 いよいよ、6月10日付で、人力資源社会保障部から、「中国内就業の外国人の社会保険加入暫定弁法(案)」が公開された。

 意見徴収と名付けても、中国日本商会が受領して会員企業に回付したのがすでに6月13日、日本商会の意見受付け締切は本日6月15日午後17時、まとめて中国側に提出する期限は17日。この慌ただしさは、何を物語っているのか。

 回りの中国人まで、「何年もいない外国人駐在員から社会保険をとるなんて、理にかなっていない」「強奪に近いものだ」などの声を漏らす人もいる。

 もう、中国では、外資の時代が終わった。――私が、4年前に予言していた。2007年9月1日号の弊社会員誌に寄稿した、「『変化』よりも『不変』を求めよ、糟糠の妻と薄情夫の中国ビジネス哲学」の一節を抜粋する――。

 「中国の外資導入は、加工貿易から始まったと言っても過言ではない。しかし、輸出税還付から加工貿易政策の全面的調整まで、最近一連の動きから、加工貿易時代の終焉をはっきりと感じ取れるようになった。80年代、90年代にあれだけもてはやされた加工貿易だが、いよいよ中国政府に見捨てられるかと思うと、『薄情者』と罵りたくなるような、胸糞悪い思いをするばかりだった。でも、冷静によく考えると納得する。中国に外貨は溜まった。労働集約型の安い工賃を稼ぎながら貿易黒字や環境破壊で諸外国に責められていると、貴方はどうしますか。糟糠の妻を家から追い出すほか方法がなかった。家に残りたければ、もっと若く美しい娘に変身しろと。中国語の経済流行語のキーワードで言えば、いわゆる『産業結構優化』、『転型正義』と『転型痛苦』、つまり『産業構造の合理化は、正義であり、それに伴う苦痛は耐えるべきだ』ということになる。『不変』な国家利益のための『変化』である」

 中国にとって、外資企業そのものが年老いる、糟糠の妻になりつつある。外資の時代は終わったのだ。

 糟糠の妻が追い出されたとき、若き美貌の新妻を迎えることができるのだろうか。心配ご無用と一蹴されるかもしれないが、10年後や15年後に必ず回答が出る。私個人的には、決して中国の将来を楽観視していない。

 そして、外資の将来は?・・・

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