<雑論> 不人気な石破氏 / 私は反西洋か? / KLでの再会と新たな展望

● 不人気な石破氏

 トランプが敬意を払うのは、外国の強い政治家であって、決して媚びへつらう政治家ではない。そのため、トランプが中国と対峙しつつも習近平を称賛する姿勢には一貫性がある。一方で、笑顔でゴルフを共に楽しむからといって、安倍晋三氏を支配者や「帝王学」の観点から特別視している様子は感じられない。もし石破茂首相が安倍氏のようにトランプから厚遇されないことを理由に批判されるとしたら、その論調は浅薄であり、あるいはアメリカへの従属意識がにじみ出たものと言えるだろう。アメリカからの厚遇の程度と日本の国益には、直接的な因果関係は存在しない。

 さらに、メディアの批判は過熱している。石破首相のマナーや身だしなみに対する報道が相次ぎ、その内容は細部にわたる。たとえば、海外での歓迎式典の赤絨毯を歩く際にネクタイが曲がっていた、APECの会場で席に着くやいなやスマートフォンを操作し始めた、挨拶に訪れた外国首脳に対して立ち上がらず座ったまま握手を交わした、腕組みをして威圧的に見えた、さらには最終日の首脳記念撮影に遅刻して間に合わなかった、といった指摘だ。

 こうした批判に対し、石破首相自身は他者からどう見られるかに無頓着であるかのように映る。しかし、人間は自らの「使命」を自覚した瞬間、他者の評価を気にすることを超越するものだ。この点では、トランプと石破には共通点があると言える。どちらも稀有な政治的才能を持つ天才であり、その振る舞いや信念は、凡人には理解し難い領域にある。

● 私は反西洋か?

 たびたびの言論で、私は反西洋的に捉えられがちだが、そんなことはない。私は、西洋哲学とクラシック音楽のファンであり、政治哲学のなかでは、マキアヴェリズムの信奉者である。マキアヴェリズムとは、現実主義の一部として、国家利益を最優先し、倫理や道徳を超え、目的のために手段を正当化する「目的合理性」の論理である。トランプの「America First」がこれに該当する。

● KLでの再会と新たな展望

 先日、中国時代の某大手企業クライアントでトップを務めていたA氏と、クアラルンプールで会食する機会を得た。A氏は当時を振り返り、次のように述べた。

 「立花さんは、あの頃本社役員に対してずけずけと否定的な意見を言い続けていたため、ほとんどクビ寸前の状態であった。しかし、商売の損得を気にせず物事の本質を語る姿勢こそ評価すべきだという意見があり、本社もダメ元で立花さんの提案を受け入れたのだ」。結果は大成功であった。この会社は私の提案によって生産性が20%も向上した。

 もちろん、これは一例に過ぎない。しかし、最近新たに分かったこととして、当社の人事労務コンサルティングは、マレーシアのローカル企業からも高く評価されている。特に注目すべきは、労働生産性を向上させて利益を増やすことに関して、ローカル企業のほうが日系企業以上に関心を寄せている点である。

 また、コンサルフィーの高低に関する懸念も少なく、「削減したコストの一部を成功報酬として支払う形であれば全く問題ない」との認識が広がっている。こうした動向は非常に興味深いものである。この状況を踏まえ、ローカル企業とのアポイントを積極的に取り付け、さらなる展開を図っていく所存である。

タグ: