労働契約法の撤廃・改正を求める有力学者らの声に注目

 中国経済の落込みは、あの『労働契約法』のせいだ!最近、国内の有識者、有力学者の一部が公の場で、『労働契約法』を批判する発言をするようになりました。

 2009年2月8日、中国企業家フォーラム第9次会議が黒竜江省・亜布力で開幕しました。同フォーラム首席エコノミスト、北京大学光華管理学院(ビジネス・スクール)院長・張維迎氏が基調講演で、『労働契約法』を直ちに撤廃するよう呼びかけました。張院長の発言の一部を以下引用します。――「労働契約法は労働者階級の利益を損ない、労働者の就職をしやすくするのではなく、更に難しくした。だから、『労働契約法』を果断に、直ちに、撤廃すべきだ。・・・(中略) ある政策の良し悪しをエコノミストがいかに判断するか、その政策の目標の良し悪しを見るのではなく、政策がその目的を達成できるかどうかを見る。政策はその目標に背馳すれば、悪い政策だ。労働契約法は、その典型的な事例だ・・・(中略) 企業で仕事をやるよりも、邪魔する方が良いとなれば、まず、私の意見は、市場化の改革を進め、『労働契約法』を撤廃することだ」。
 
 私がMBAを卒業した、中国を代表するビジネス・スクール中欧国際工商学院(CEIBS)の劉吉院長も、このほど新聞で評論を発表し、「目下中国の経済危機の本当の原因は何か?私は、これは『労働契約法』等の法律が間違っているからだと思う。これらの原因で中国経済が危機に陥ったことは、実践によって証明された」と公言し、厳しく批判しました。

 もう少しさかのぼって、国内外の学者・有識者の一部談話を引用しましょう(いずれも、私が日本語に意訳しました)。

 「労働契約法は、怠け者を保護する法律だ」、「市場の反応は、災難の予兆を示している。今年は中国経済改革開放の30周年だが、人類史上かつてないこの偉大な改革は、労働契約法によって崩壊する可能性が大きい」。―― 張五常氏 (スティーブン・チョン) (著名経済学者(中国経済研究)、香港大学経済金融学長) ~ 2007年12月 『新労働法の困惑』、2008年1月 『災難の予兆―新労働法を論ずる』より抜粋

 「労働契約法は、計画経済時代の70年式のテーブルだ。このテーブルを部屋の中央に置くと、それに合わせて70年式の椅子や70年式の内装を配置していく。すると、気がついたら、70年代の部屋の中に身が置かれている」。―― 董保華氏 (中国労働法第一人者、「労働法」「労働契約法」立法諮問委員、中国法学会社会法研究会副会長、華東政法大学教授) ~ 2008年7月21日 エリス・コンサルティング主催「労働契約法下の人事制度セミナー」講演より抜粋

 「1978年、中国は偉大な経済改革を始め、偉大な成功を上げた。しかし、人類は、モノを破壊する偉大な力も持ち合わせている。私が生まれた1910年の欧州は工業革命で輝いていた、しかし4年後世界大戦が勃発し、数百万人が死に、社会が崩壊した。誠に愚かな戦争だ。大災難だった。いまの中国経済の成功は、今後百年持続してほしい。私はもうすぐ永眠する人だ。眠りに付けばものを考えることもできなくなるが、目覚めている皆さんが何事もよくよく考えて、熟慮してから行動するほどうれしいことはない」。―― ロナルド・H・コース氏 (ノーベル経済学賞受賞者、米シカゴ大学シニア・フェロー) ~ 2008年7月18日 米シカゴ大学主催「中国経済改革セミナー」閉会スピーチより抜粋

 私は、早くも2007年『労働契約法』施行前に開催したセミナーで、この法律は、市場メカニズムに反し、経済にも企業にも大きなマイナス影響を与えると講演しました。当時の状況を思い起こせば、一部の日系企業から、私の「性悪説」が批判された記憶があります。予測は、やはり的中しました。

 しかし、いまになって、『労働契約法』の撤廃・改正は、時期的に妥当でないと考えます。

 施行1年余りのピカピカの新法を撤廃・改正すると、法のもつべき威厳が大きく損なわれます。政策や法案段階ならまだしも、一旦採択・施行された法を安易に撤廃、改正するのは決して良いことではない。慎重に行うべきです。もっと懸念されるべきことがあります。労働者権益の擁護を訴え、施行された『労働契約法』が一旦撤廃・改正されると、労働者は決して黙りません。たとえ法の撤廃や改正が中長期的に、経済ないし労働者自身に有利であろうと、それを労働者全員に理解させるのは無理な話です。労働者権益擁護であるはずの法の撤廃や改正を見て、怒りを爆発させる過激な労働者もいることでしょう。昨今中国経済の落ち込みと景気の後退に伴い、リストラの嵐が中国全土を席巻するこの時期に、社会の安定を第一に考えると、『労働契約法』の緩和運用がベストではないでしょうか。どうやら、情勢もこの方向に向かっているようです。

 企業にとっては、様々な可能性を折り込んだリスク管理の舵取りがますます重要となる時期です。

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