労働法フォーラム(3)~中国経済の低迷と労働法現場の混迷

<前回>

 中国労働法フォーラムの後半、中国人労働法曹界専門家の講演とディスカッション。予想通りの激論が繰り広げられる。

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 私の恩師、法学博士指導教授だった董保華・華東政法大学教授は法改正の持論を展開する。董教授は90年代の「労働法」法案化をリードする労働法曹界屈指の専門家であり、2008年「労働契約法」の労働者への傾斜に終始批判的な姿勢を取ってきた。

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 「『労働契約法』は、企業を『狼』に、労働者を『羊』にすることで、労使の対立を人為的に作り上げた」。董教授の持論であり、本質を突く痛烈な批判でもある。董教授と私の共著「中国労働契約法」(中央経済社)もこれを切り口に同法の問題点を指摘してきた。

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 最終的に、円滑な労働関係に亀裂が入るだけでなく、法律が悪用され、多くの善良なる企業が被害を受けてきたという痛々しい事実を無視できない。これは、当局も自ら認めた事実である。

 早くも2009年7月6日、最高人民法院「目下の情勢下における労働争議紛争案件の裁判活動の実施遂行に関する指導意見」(法発[2009]41号)が公布されたとき、民事裁判一廷の責任者が記者会見で次のように述べた。

 「『労働契約法』と『労働紛争調停仲裁法』が昨年(2008年)に相次いで施行されてからは、多くの労働者がそれを自身の利益を擁護する利器として、仲裁や訴訟等の方式によって労使の対立を解決しようと乗り出した」

 法律は、他者の利益を侵害する攻撃的な武器にあたる「利器」になったのであった。この深刻な状態が放置され、8年以上も経過したところ、いよいよ中国経済の不調が浮き彫りになり、事態が深刻化した。

 「『労働契約法』の改正だ」。今年2月19日に中国の楼継偉財政相が明言し、さらに1週間後のG20財務相・中央銀行総裁会議で、「・・・崖っぷちまであと1キロ。徹底的な構造改革しかない。これ以上もう待つ余裕がない」と、楼財務相が連呼した。

 これに呼応して、労働法直轄部門である人力資源社会保障部の尹蔚民労働相が2月29日の記者会見で、「労働力市場の硬直化と生産性低下、企業の雇用コスト増を招いた」とし、労働契約法の致命傷を公式に認め、法改正を示唆したのは極めて異例といえる。

 いずれも、「労働契約法」の改正は、避けられない燃眉の急であることを示唆している。

 ここまで来ると、法改正は一見不可避のようだが、そこで新たな問題が浮上してきている。企業に対し有利な労働法改正には労働者の反発が必至だ。それが政治問題に発展すれば、慎重な対処が必要になってくる。また企業レベルでは、有利な労働契約条件をすでに手に入れた既得利益者の取り扱いという実務問題も簡単に解決できない。

 まさに、中国労働法が今だかつてない難局に直面する現在、「柔軟雇用」という反対方向の命題を突き付けられている。混迷が深まる一方である。

<終わり>

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