沼津食い倒れ日記(3)~生しらす、銀色に輝く官能的な踊り

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 生しらす。沼津で食べるリストのトップを飾るのは、これ。

 白色のしらす干しを大根おろしと醤油と共に、ご飯に乗せる。日常的かつ標準的な日本の朝食風景ではあるが、しらすとは常に脇役を演じている。この脇役が主役に転じる場面をイメージしながら、私はここ沼津港にやってきたのである。そして、その一幕はやはり衝撃的だった。

 眩しいほど銀色に輝く生しらすの軍団。個体と個体の区分ができないような、溶け出す玉石の軟体のような塊が目の前に妖艶に踊り出そうとするあの躍動感、あまりにも官能的過ぎる。味覚に辿りつくまでもなく、視覚的な衝撃に耐え難い瞬間であった。

 むっちり、ねっとり。とろけるという感覚を超えて、舌も口腔も脳も甘美な電撃で感覚を放棄しようとする感覚で華麗なワルツと官能的なタンゴが合体する。世間の煩悩をかけらもなく抹殺する幸福の女神に彼岸の彼方へ導かれるその瞬間は現実世界から見れば一種の危険な放心状態そのものだ。

 その感覚はすぐに消え去ることなく、脳幹の奥に伝わったところで、あまみという複合的な記憶と化し格納される。言葉で表現できないあまみであって、反復渇欲を伴う脳内麻薬的なものとして生涯随伴する。

 危ない食べ物であった。

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