沼津食い倒れ日記(4)~新秋刀魚の昇華昇天讃歌

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 生しらすを女性に喩えられるならば、新秋刀魚はいかにも男性的だ。それが第一印象。

 昔、グルメの師である某氏から説教されたことがある。美食に接したとき、「美味しい」という一言で括るのが失礼だ。農家や漁師から、料理人まで美食に係わるすべての方々に失礼だ。如何に美味しいか、自分の感覚を何らかの形にして、それはどんな形でもいいから、表現しなさいと。

 プロのソムリエなら多彩な表現を用いてワインを表現する。自分の五感やイマジネーションを駆使して全身全霊を打ち込んだ愛情表現は何よりも感動を与えるものだ。食べ物も然り。

 私も食通の諸先輩に見習って、自分が美食にありついた瞬間の感受をなるべく如実に表現できるよう、日々精進しているところだ。

 三枚おろしされたこの新秋刀魚。正直精緻なおろし方ではない。いや、いささか職人の荒さすら伝わってくるほどのできである。揺れた漁船の上で供される獲れ立ての魚に場不相応なおろし方を求めるほうがおかしい。そんな感じがする。港で水揚げされた魚のイメージにぴったりだ。

 一口をまずいただく。ああ、なんだこりゃ。そこは男性的な荒っぽさよりも女性的な繊細さと高貴さが一気に広がる。さらにちびりと日本酒を口中に流し込む。陰と陽の調和が織り成すハーモニーが昇華する瞬間である。

 昇天。おー、神様よ、罪深い私を赦し給え。

<次回>

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