会社のラジオ体操必要なのか、単純判断よりも複眼的検証

 11月27日(火)からは3日連続の終日研修。まずは27日ハノイで日系企業マネージャー研修。終了後、ハイフォンへ移動。翌28日からは2日間、ハイフォン日系企業N社のベトナム人マネージャー研修。

 朝からN社工場の見学。ラジオ体操を見たのは何年ぶりか。私自身のメーカー時代を思い出す。その当時、工場現場だけでなくオフィスでもラジオ体操が日課になっていた。そこで、新人の私は上司に「ラジオ体操は何のためにあるのか」と聞いた。驚かれた。新人社員がそういう質問をすること自体がおかしい。私は異端児だった。

 それでも上司が一応親切に教えてくれた。健康の維持や増進、作業のための準備という目的だったそうだ。でもやはり納得しなかった。前者が私的目的、後者が公的目的。公私目的が混在するラジオ体操なのに、就業時間に算入されないのはおかしい。そしてラジオ体操の時間は給料をもらえないのに、なぜ出席が義務付けられているのか。これも説明がつかない。さすがにここまで突っ込んだら、完全異端児扱いにされるのがオチだから、止めておいた。

 「田中さんはラジオ体操をしない」という映画があった。ラジオ体操を拒否したことがきっかけで1981年に大手電機会社に解雇される。それ以来、毎朝会社の門前で抗議の歌を歌い続けてきた田中哲朗さんの活動を、オーストラリアの女性監督マリー・デロフスキーが密着取材し、ドキュメンタリーを作り出す。

 健康の増進は個人次元の問題である以上、会社は強制する権利がない。ラジオ体操による業務効率の向上であれば、勤務時間内にさせれば問題ないだろう。そこで従業員が拒否した場合は解雇されても文句を言えない。ただし、ラジオ体操と業務効率の関連性を科学的に証明するデータはあるのか。あるいはラジオ体操をやらない会社が相対的に業務効率が低いという比較データもあれば、なお説得力が上がるだろう。

 ルールだから、やらなければならない、というのが日本社会。ルールを守る行為を善とする一方では、ルールの合理性を裏付けるエビデンスを問う行為を異端視するのも日本社会。これはルールの見直しや全体的効率の向上・進化を妨害するだけでなく、日本人の批判的思考力を抹殺する元凶にもなっている。

 労働現場のラジオ体操を単純に善悪を断ずるのではなく、生理学や衛生学、経営学、労働法学という諸方面から複眼的に論証する必要があるだろう。

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