泥棒は金積んで追い払う、「善」よりも「悪」が得する社会の悲劇

 賃上げしてやれ。いま、多くの外資企業は地方政府から圧力をかけられている。賃金法まで立法している国では、賃上げは企業の一種の義務になりつつある。よく考えると、たくさん儲かって賃上げすべき企業、薄利でかろうじて食いつないでいる企業、赤字を積んで喘いでいる企業、いろいろな企業がある。どの企業も賃上げしろと言われたらいささか不公平であり、乱暴な行政介入に嫌気をささずにいられなくなる。

 そもそも労働法も労働契約法も無視するような一部の悪徳企業は、その姿勢を変えることはあるまい。賃金を払わずに夜逃げしてしまったり、劣悪な環境で労働者を搾取し続けたり、グレーゾーンでうまく泳いでいる企業はたくさんある。これら企業は、法に一刻も早く裁かれるべきだが、その多くは裁かれることなく逃げ切って、ぬくぬくと生き延びている。その逃げ方はまたたくさんある。

 残された、法を守ろうとする企業は、大きなコスト増を強いられている。このような法制度は、公平なのだろうか。

 労働者の賃金を滞納して、そのまま清算閉鎖もせず突如と消えていった企業は、罰せられることはあるのだろうか。ブラックリストに載せられたら、二度と中国で事業を起すことができなくなる。そんなことは簡単だ。海外で別会社を起して、その新会社を投資母体として、またもや中国に舞い戻ってくる。

 しかし、真面目に清算して閉鎖しようとする企業はどうなるのか?賃金の支払いはもちろんのこと、清算閉鎖は新規設立より何倍も時間とコストがかかる。税務局から嫌がらせを受けたり、数ヶ月どころか1年2年もかかったり、最後の最後までいじめられ、金を吸い取られる。

 順法コストが違法コストよりはるかに高い。これは、いまの中国法制度、行政の一番の問題点だ。「悪」よりも「善」の方がコストがかかる。となると、「善」は萎縮し、「悪」は減るどころか、どんどん増えてしまう。そのうち、「善」は「善」をやめて、「悪」の道に走り出す。

 会社の中もそうだ。「悪」のクビを切ろうとすると、それはそれは至難の技。証拠は一つも二つも足りず、会社は警察になれとでもいいたいのか。とうとう、「悪」を排除しようとする会社は、途方に暮れて金を積んで「悪」に出て行ってもらうしかなくなる。

 泥棒に金まで出して、どうかお願いだから出て行ってくださいという状況は、正常といえるのだろうか。金積んででも泥棒に出て行ってもらいたい気持ちは重々承知しているが、では、まじめに働いてきた人はどのような思いでいるのかを考えたことはあるのだろうか。

 「正直者は馬鹿を見る」「善は報われず、悪は罰せられず」。このような社会の先は、モラルの崩壊にほかなるまい。

 私は人事労務コンサルティング現場で、あまりにもたくさん酷いことを見てきた。最初は、「悪」の従業員を憤慨や軽蔑の目で見てみたが、最近だんだんそういう気持ちが薄れてきた。彼たちは実に可哀想な被害者だなあと思うようになった。がんばれば、上の方にいき、出世できたのに、ダメな法制度、ダメな企業の制度のもとで、ついに堕落の道を歩みだす。

 このような不幸なことにならないよう、被害を最小限に抑える。あれっ、どこかの国のだれかが最近つぶやいたことで、「最小不幸論」が有名になったが、いつの間にか、自分も同調してしまっているのではないかといささか自嘲気味に……。

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