私はこうして会社を辞めました(20)―白酒と0000番の車

<前回>
(敬称略)

 中国系金融機関を担当すると、私の出張が増えた。山東省がロイター上海の華中管轄地域に属していたので、青島出張が多かった。主に中国系大手銀行顧客への訪問だった。

 中国式の宴会を体験したのもあのときだった。

 青島は、海鮮の美味しい街である。青島の中国系大手C銀行を訪問すると、必ず宴会でご馳走になる。しかも、ホテルまで支店長の専用車で送迎してくれるという大変親切なお客様だった。その送迎用の高級黒塗り外車のナンバープレートを見ると、何と「0000」番になっている。話によると、当時市長の車は「0001」番だった。銀行の支店長がいかに凄いかがわかる。

 その日も青島で大宴会になった。C銀行支店長、副支店長以下、財務担当、ディーリングルームの主な担当者、ディーラーたちが顔をそろえて出席する。円卓一杯の海鮮を目の前に白酒が振舞われた。

 「実は、今度為替ディーラーの増員が予定されているのです。十数席分の端末ですが・・・」と支店長が切り出す。
 「それは、支店長さん、是非、ロイターの方でお願いします」と、私が必死だ。
 「いいとも、リーホァーシェンセン(立花さん)よ、この一本、飲み干したら、明日にでも私が契約にサインします」、どーんとテープルに出されたのはほかでなく、フルボトルの高級白酒だった。

 十席分以上の端末は、当時の中国では大きな商売。支店長にメンツというのもあるので、何が何でも飲まなければ!でも、白酒はせいぜいショットグラス二、三杯とチビチビしかやったことのない私は、恐怖を覚える。何事も挑戦だ・・・

 そして、二時間後、私一人で丸ごと一本の白酒を開けた。奇妙なことに酔っていない。しかし、宴会が終わったころ、あることに気付いた。頭がはっきりしているのに、体がいうことを聞かない。席から立ち上がることができない。腰が抜けたのだった。

 みんなに支えられながらレストランから一歩踏み出しては、冷たい風がヒューと吹く。その冷たい風に触れると、私が一気に気を失う。そして、気を取り戻したのは、翌朝。自分がいつの間にかホテルの部屋に運ばれたのかは覚えていないが、私があの黒塗りの高級外車の中でたくさん嘔吐したことだけかすかに記憶に残っていた。

 翌日、頭がガンガン、あの宴会で私が三日酔いの羽目になった。疲れきった体を引きずって上海に戻ると、ひどく後悔した。お客様の車中を汚すなんて最低だった。やはり限度を持たないと。これじゃ、お客様を怒らせただろうし、商売のことも絶望だ・・・限りなく私は悲しくなった。

 しかし、数日後、奇跡が起きた。C銀行青島支店15席の端末増設契約が決まった。

 「車を汚すなんて気にするな。あの一本の白酒は飲めると思っていなかった。でも、あなたは本当に飲んでくれた。信用できる男だ。あなたとしか商売やらない。これで決めた」、後日青島で再会した支店長は上機嫌だった。

 二年後、青島を再訪したとき、その支店長の影はなかった。収賄容疑で有罪判決を受け、収監されたそうだった。優秀な為替ディーラー出身で、海外支店勤務中に不正蓄財があったとか。豪快で頭の良い人だが、残念だった。あの「0000」番の車も、暗黒でアンタッチャブルな金融の世界の一端を垣間見させてくれた。

<次回>