私はこうして会社を辞めました(25)―「掃黄」とKTV店摘発

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(敬称略)

 お金さえ積めばよいのかというと、そうでもない。お金を積むと、別の種のリスクが発生する。売春・買春行為だ。売春も買春も中国法に違反し、当局の取締りの対象である。90年代の上海駐在中に、日本人駐在員同士の間で盛んに交換される情報の一つは、「掃黄情報」だった。ある日系のお客様から、冗談で私に注文したことがある。「ロイター情報はいろいろあるが、是非「掃黄情報」とか海外安全情報ならぬ「飲み屋安全情報」を提供してほしい」

 「掃黄」(スォーホォン)とは、「黄色関連活動(売春・買春等行為)を一掃するキャンペーン」のことである。それも、国慶節や労働節、春節そして全国人民代表大会(国会)会期に先立って、また期間中に行うことが多い。「掃黄キャンペーン」は、中国四季折々の風物詩だった。

 「掃黄」は、概ね形式で分けて二種類ある。

 まずは、「パブリック・スペース」、公の場所での売春・買春行為の摘発。「掃黄」担当の公安警官が対象となるカラオケ店やスナックに一斉に突入し、暗闇の中行為中か行為嫌疑のある客と小姐を現行犯「逮捕」する。現行犯逮捕に関しては、証拠が必要。噂では、「そこまで止まれ」との公安の掛け声で客も小姐もそのままのポーズで止まり、そこで現場ビデオ撮影が行われるとか。それが本当だとすれば、ヌードやセミヌードの姿がビデオカメラに収められることになる。さらに罪状を否定し、起訴された場合、もしや法廷でこのビデオ映像が証拠として上映されるのだろうか?考えただけでぞっとする。

 当時の上海は、現在のようなサ●ナ全盛期でもなければ、「お餅」もかなり制限されていたことから、カラオケ店やスナックの店内での行為完結が多い。噂によると、知る人ぞ知る一部店内に暗室まで設けられている店もあるとか、その辺神秘な話で謎が深まる一方だ。

 「掃黄キャンペーン」は、売春・買春行為を主に対象とする。では性的行為さえなければ問題はないかというとそう簡単ではない。セックスまで行かなくとも、淫らな行為もご法度。カラオケクラブの小姐と過剰な親密な行為があってはならないのだ。それを阻止するために、小姐と客の同席を禁止するルールが設けられた。

 同席がダメなら、カラオケクラブじゃない。当然小姐は同席する。しかし、床に座布団が敷かれていた。「臨検」(リンジェン=抜け打ち検査)の公安が来たら、小姐が一斉に座布団に移り座る。「同席禁止」だから、席さえ違っていれば良い。飲み屋の前に大抵保安と言って、用心棒が見張り番に当たっている。受け打ち検査が来ると、店内の電気を一斉に点滅させる。それは合図だ。電気がチカチカ点滅してから急に明るくなる。検査官が小部屋一つ一つ覗き込んでいると、小姐が床の座布団に座って客に酒を注ぎ、客が「北国の春」を熱唱し、いかにも日中友好の清らかの一幕を演出する。

 虹橋の某大型カラオケクラブで、私がお客様と一緒に「臨検」に遭遇したことがある。凄い、20人ほどの公安がぞろぞろと店内に踏み込む。半分は婦人警官で、彼女たちは小姐の検査を担当する。ざわついていた店内が、一斉に水を打ったように静まり返った。帰ろうとしても帰れない雰囲気で、その日の検査はマネージャーの詰問もあって延々と一時間続いた。何だかいつもと異様な物々しさで小姐たちも緊張した面持ち。あとで話を聞くと、それは隣の区の公安だった。その日は、上海市の一部の地域では、突如「交換検査」を行ったという。「交換検査」とは、クロス・チェックのことで、A区公安がB区内の検査に当たり、またB区公安がC区の検査に当たるやり方で、管轄区域の公安と飲み屋の癒着を排除するための指令だった。

 一時間以上の「臨検」が終わり、公安たちが引き上げると、マネージャーも小姐も客も一斉に割れんばかりの拍手。まるで事故に遭遇した飛行機が安全着陸したときの一幕のようだった。その日は、飲み代が一律半額にされた。

 90年代の上海の夜は、スリル満点だった。

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