スリランカ日記(13)~マウントラヴィニヤのある晴れた日に

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 1月2日、スリランカ旅行の最終日。ホテルで遅めの朝食をゆっくり済ませ、車でゴールを後にし、コロンボを目指して一路北上する。

 14時、コロンボ郊外の海岸沿いにあるマウント・ラヴィニヤ・ホテル(Mt. Lavinia Hotel)に到着。この白亜のコロニアル様式のホテルのテラスで、インド洋を眺めながらランチを取るのが、スリランカ旅行の最後のイベントだ。

 このホテルには、不滅な「伝説」がまつわる。

31846_2マウント・ラヴィニヤのテラスで午餐

 1824年、セイロンの総督としてこの地に赴任したエドワード・バーンズ(Sir Edward Barnes)は、ある一人の美しい乙女を愛するようになる。その名はラヴィニア(Lavinia)といった。二人が愛を語る場所として、バーンズ総督はコロンボ郊外の美しい小山の上に壮麗なる別荘を建てたのだ。インド洋から吹き込む爽やかな風のもとで二人は語らい、テラスからはインド洋に沈んでゆく夕日を肩並べて眺めたという。それゆえ、この場所はマウント・ラヴィニヤと呼ばれ、その壮麗なる別荘が、後、今のこのホテルになったと伝えられている。

 文豪サマセット・モーム(Somerset Maugham)もテラスで午餐を楽しみながら、この伝説に酔いしれたという。また、フランシス・パーキンソン・ケイス(Frances Parkinson Keyes)も伝説を愛し、このホテルへやってきたという。彼女の小説「Coral Strand」の中で、このホテルについて次のように語っている。

 「・・・午後はもちろん、マウント・ラヴィニヤへ出かけてなくてはならない。そこで、私たちは午餐を楽しみ、夕日を眺め・・・そして、気付かされるのだ。テラスからは壮大な海の光景が見渡せる、かつて総督の別荘として建てられたこのホテルが、どんなに素晴らしいかを。コロンボを訪れるすべての旅人にとって、午後マウント・ラヴィニヤへ出かけ、私たちと同じように感じること、それがもはや恒例行事になっているのだ」

 そして、私もついにその「恒例行事」の実践者の一人となり、マウント・ラヴィニヤのテラスで午餐を注文したのだった。

31846_3マウント・ラヴィニヤのテラスからは壮大な海の光景が見渡せる

 目の前に広がる真っ青なインド洋、爽やかな潮風、白亜の洋館、そして、美しき乙女ラヴィニアの面影はいずこへと想像しながらも、なぜか突然プッチーニの「蝶々夫人」(マダム・バタフライ)が思い浮かび、耳元にはあのアリア(詠唱・ソプラノ)「ある晴れた日に」が聞こえてくる。

 ある晴れた日に、遠い海の向こうに一筋の煙が見え、
 やがて白い船が港に着くの、あの人は私を探すわ、
 でも私は迎えに行かない、
 こんなに待たせたのだもの、意地悪するの、
 あの人は一目散に丘を登って来るは、私は隠れてしまうの、
 会ったら心臓が飛び出してしまうから。
 あの人は心配になって私を探すは、桜の香りがする私の可愛い奥さんと言って。
 きっとそうなるわ。

 長崎にやってきた米海軍の士官ピンカートンは、日本人の少女蝶々さん(Cio-Cio-San)と恋に落ちて長崎湾を見下ろす丘の上に建つ家を構え結婚するが、3年後ピンカートンは任務が終わり、アメリカに帰る。帰国後のピンカートンがアメリカ人女性と結婚するが、きっといつか夫は帰ってくると信じてやまぬ蝶々さんは、あの有名なアリア「ある晴れた日に」を歌う。ある日、遠くにピンカートンの所属艦アブラハム・リンカーンが兵員の到来を礼砲で告げる。蝶々さんはピンカートンと会えると歓喜するが、ピンカートンの代わりに彼のアメリカでの妻ケイトが現れる。蝶々さんは真実を受け止め、礼儀正しくケイトを祝福し、子供を抱きしめ、アリア「さよなら坊や」を歌い、刀を喉に突き立てる。

 「ある晴れた日に」の旋律とともに、真っ青な空と青い海、遠くの青い山の狭間から黒い煙を出しながら長崎湾に入港する白い船が見えてくる。この情景が目に浮かび、聴いていると、知らずに満面の涙となる。

 「ある晴れた日に、遠い海の向こうに一筋の煙が見え・・・」

 異国の愛はいつも海を隔て、そして、海を見下ろす丘の上に建つ家・・・どこか共通点が多い。 蝶々さんは悲劇のヒロインとなったが、ここスリランカ版の蝶々夫人である少女ラヴィニアと英国人総督の愛の物語は、どのような結末を迎えたのだろうか。米海軍の士官よりもはるかに金銭と権力を持つ総督だが、ラヴィニアは最終的に幸せを手に入れたのだろうか・・・

 そして、グローバル化の時代には、駐在員の男性と駐在国の女性が恋に落ちる話も珍しくない。白亜の別荘を海辺の小山に建てる財力こそ持たなくとも、中古マンションを買い与えたり、社宅を愛の巣に改造したりしては、気付けば不倫の恋。いよいよ、経済情勢が悪化すると、本社命令で泣き泣きの帰任と別れ。異国で羽を伸ばして男心は昔も今も変わらない・・・ 白亜の館と真っ青のインド洋を眺めながら思いを馳せた。

31846_4インド人のニューリッチたちに占拠されるマウント・ラヴィニヤのテラス

 ワァーワァー、ギャーギャー、沈思が打ち砕かれたのは、テラスを騒ぎながら走り回るニューリッチのインド人観光客の子どもたち。さあ、行こうか。ラヴィニア乙女物語を胸にしまいこんで、さっさとテラスを後にした。

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