賃金法時代の到来、賃金引上げで企業経営への影響は?

 「労働契約法」の激震が収まらない中、新たな労使問題は発生しそうだ――。賃金法による賃上げメカニズムの法定義務化と労使間賃金交渉体制の形成。雇用問題に続き、今度は賃金問題がやってくる。

 2009年12月5日から12月7日まで中央経済工作会議が北京で開催された。2009年の国内外の経済情勢を総括するとともに、2010年の経済活動について方向性が示された。特に、外資企業として注目すべきものは、「所得収入の分配への調整」である――。所得分配制度の改革を進め、労働所得の第一次分配における労働者収入比重を高めることである。

 経済成長のけん引として個人消費を促進するために、国民の所得分配に対する調整を強化し、個人の、特に低所得層の消費力を向上させる政策である。

 4兆元の景気刺激策は、主にインフラ・設備投資に投じられ、経済成長のカンフル剤にはなったが、いよいよ息切れを懸念せずにいられなくなった。残される道は、「内需拡大」しかない。内需拡大といえば、国民が安心して金を使える環境を整える必要がある。まず、使えるお金が潤沢にあること、そして、雇用や生活(特に老後の生活)の先行きへの不安を取り除くことが欠かせない。中国のセーフティーネット(社会安全網)の整備が経済成長に対比して出遅れており、ある程度整えるまで時間がかかる。目先では、個人所得増に着目するほか道がない。そのためには国民の所得分配構造の調整が国家経済政策の重点として位置付けられたのである。

 現実に目を向けると、現在、中国の第一次所得分配では、労働者の賃金の伸びが企業利益の伸びに追いつかない状況が分かる。しかも、両者間の格差は徐々に拡大する傾向にある。これは個人消費の拡大にとってはマイナスである。国民は金がなければ使えない。このまま、市場経済のメカニズムに任せていると、収入の格差を縮めることは望めない。そこで、制度や政策による調整しかない。何を調整すればよいのか。ほとんどの国民の収入の源泉は、賃金所得である。そのため、必然的に所得分配制度をいじることになる。所得分配制度の改革を中核としつつ、労働所得の第一次分配における労働者の収入比重を高めることである。

 「人民日報」、中国共産党と政府の政策や思想を宣伝する機関紙として、党や政府の公式見解や方針を知る上では、重要な情報源である。この「人民日報」は、中央経済工作会議の開催に先立ち、2009年11月19日から立て続けに3本の記事を掲載した。

 まず、2009年11月19日付、「人民日報」に掲載された「俺たちの財布をお見せしょう」だが、全国各地の異なる職業・収入の一般労働者を対象に「財布の中身の見せっこ」という形で、所得調査を行い、所得分配の問題を指摘し、所得格差の縮小に国家政策の動員を呼びかけるものであった。

 続いて2009年12月3日付、同じ「人民日報」に「多く働けば多く稼げるのか?」という記事が掲載された。これもまた賃金調査の形態で福州や済南、広州等地方の労働者に対し取材を行ったもので、全体的国民所得の成長を肯定しながらも、異なる層の労働者間の所得格差の増大現象は、特に第一次所得分配における労働報酬比例の低さに起因しているため、「多く働いても稼ぎが少ない」現象が生じ、それが市民の消費力や生活品質の向上を阻害していると指摘し、国民所得分配構造の調整を呼びかけた。

 そして、同じ2009年12月3日付、「人民日報」は、「労働所得の引き上げ、回避できぬ時代の流れ」と題した記事を掲載し、中央経済工作会議の精神に歩調を合わせたものと思われる。

 実務レベルでは、北京市人力資源・社会保障局賃金処研究員・李長保氏が「毎日経済新聞」の取材に対し、「(『同一労働同一賃金』云々について)、国務院の『賃金支払条例』の公布を待つしかない」と語っている(2009年10月末からの一連の報道)。

 なるほど「賃金支払条例」が公布されるという事実だけは確認された。それに、11月19日からの「人民日報」の連続報道、そして、12月5日の中央経済工作会議・・・一連の動きから、「賃金法」(「賃金支払条例」)の法案化の進展を示唆するものとして捉えることができるかどうか、考える必要があるだろう。

 いずれ中国の労働市場では、何らかの形で「賃金統制」あるいは「賃金管理」の時代に突入することは不可避であろう。ある意味では、賃金契約という私法領域への公法介入といわざるを得ない。企業に与える影響は計り知れない。

 一部の地域、特に労働力コスト上昇の激しい沿岸部では、業種にもよるが、労働集約型産業の存続が危うくなってきている。中国以外の選択肢も視野に入れつつ、グローバル戦略の見直しをする時期が来たのかもしれない。