ロイター通信社に入社してから、イギリスという国と切っても切れない縁ができた。本音から言うと、この国に対するイメージはあまりよくなかった――。いつも天気が曇っていて、霧が多くて肌寒い。堅苦しい、重圧的なムードが漂っている。そして、料理がまずい・・・。
重い腰を上げて、初のイギリス旅行に出かけたのが96年の夏。パリからユーロスターに乗って英仏海峡(ドーバー海峡)トンネルをくぐって、 一路とロンドンに向かうと、車窓外に広がるイギリスのカントリー地帯の風景に吸い込まれる。まったく初めての国なのに、なぜか不思議な懐かしさと温かい想いに駆り立てられる。
今度はイギリスの田舎へ行こうと決めたのがそのときだった。
が、その後香港転勤や会社の退職、独立で、この遠い国に足を伸ばすことができずに、9年の歳月が流れた。
そして、2005年夏、再びイギリスの土を踏んだ。今度目指すはイギリスの田舎、コッツウォルズ。
コッツウォルズはロンドンから電車で3時間ほど、東京都とちょうど同じくらいの大きさ。穏やかな丘陵地帯の牧歌的な田園風景、静寂な村々、牧草地で草を食む羊たち、家々の床から屋根の「かわら」に至るまで地元で採れるはちみつ色のライムストーンを使用して造られた建築物・・・。何もかも古い。18世紀や19世紀がそのまま止まって、コッツウォルズに残っているのだ。
中国からやってきた私にとって、あまりにも強烈なコントラストで、最初は眩暈さえ感じた。
泊まる場所は、「ザ・ロード・オブ・ザ・マナー(Lords of the Manor)」というマナーハウス(中世ヨーロッパの貴族荘園)。1650年に建てられた旧教区司祭館である。アッパー・スローターでも人里離れた場所に、優美な8エーカーのガーデン内に館が堂々と聳え立っている。
滞在中は村めぐりと館での読書に耽る。心の穏やかさを取り戻す時間が静かに流れてゆくと、無上の幸福感に包まれ、母なる優しき抱擁のごとき、愛情に酔い痴れ、やがて思考を放棄するまでにいたる。
「Lords of the Manor」滞在中(2005年8月)
手に取った本は、ダライ・ラマの「幸福・ダライラマの人生知恵」。
「人間はみんな苦痛から逃れ、幸せになりたいと願って行動している。その欲望はごく自然なものでもあり、そして、みんな幸せになる権利があるのだ。欲求を満たすことによって幸福になることができるが、ただ単にその場の満足感を満たすだけであれば、その欲求は際限なく膨らんでゆく。現代社会はこの種の満足を満たすための仕組みが組み込まれた社会構造になっている。そうすると欲求は更に膨らみ、達成できない人間は苦痛を増し、社会はストレスや憎悪に満ちてゆく」(一節の意訳)
牧歌的な英国の田舎、止まった時の流れに幸福の泉が見つかった・・・。