【世界経済評論IMPACT】中国人経営者から学べ~オプティマルとヒューリスティック、現代経営への示唆

 先日、マレーシア製造業者連盟(FMM)の某委員長とクアラルンプールで会食する機会を得た。氏より「人事労務のカギとは何ですか。労働法ですか」と問われた際、私はこう答えた。「労務は法務ではなく、財務です」と、人件費を固定費から変動費へシフトすることで、ほぼあらゆる問題が解決するという仕組みを説明した。

 すると、委員長は「このような経営コンサルティングはマレーシアでは初めてです。日系企業だけでなく、ぜひマレーシア企業にも紹介してほしい」と述べ、1月中旬に開催される中華総商会(商工会)で「人件費をいかに変動費化するか」を主題とした講演を招請された。もちろん、この講演依頼を快く引き受けた。

 中国本土の経営者のみならず、海外の華人経営者も「お金」に敏感である。売上や利益を向上させる提案には非常に熱心であり、論理的に納得すれば即座に採用しようとする。その判断力、決断力、行動力は平均的に日系企業をはるかに上回っている。企業制度改革においても、既存の秩序を打破しリセットすることに躊躇しない。

 たとえば制度改革の場面では、大方の日系企業が「社内で反対されるから無理だ」「改革に失敗したら困る」「過去にやったことがないから難しい」といった理由で既存秩序のリセットを躊躇する。しかし、中華系企業の経営者は「改革にあたり反対勢力をどう扱うか」という実務的課題に注目し、迅速に改革実施の段取りを整える。失敗のリスクについても「とにかくまずやってみよう。失敗したら軌道修正しよう」というトライアンドエラーの姿勢で対処する。

 経営のみならず人間は常に、「オプティマル(optimal)」たる最適解や最善策を求める。しかし、オプティマルにたどり着くまでには長い時間やコストがかかる場合があり、その過程で状況が変わることによって、得られたオプティマルがもはや最適でも最善でもなくなることも少なくない。

 一方で、「ヒューリスティック(heuristic)」という概念がある。ヒューリスティックは、必ずしも最適解を導くものではないが、一定の水準で最適解に近い答えを短時間で得られる方法である。ヒューリスティックでは答えの精度は保証されないが、迅速な意思決定が可能である。

 変化の激しい現代社会においては、時と場合によって、オプティマルよりもヒューリスティックが有効となる場面が多い。日本人は一般的に既存の秩序を重視し、「熟議」を善とする傾向がある。しかし、熟議とオプティマルの間に必然的な関連性があるとは限らない。熟議が多面的な情報収集、複眼的視点での課題把握、論理的な議論を経てオプティマルな結果を導出するのであれば有意義であるが、単に組織内外の人間関係や利害関係の調整に終始するだけであれば、時間とコストの無駄である。

 中国人や華人経営者には、全体的にヒューリスティック的な傾向が見られる。日本人からは、中国人経営者の意思決定が軽率で独裁的に映り、熟議を欠いているように感じられる場合がある。しかし彼らは失敗した場合の軌道修正もヒューリスティック的で迅速である。試行錯誤を迅速に繰り返すことで、失敗と成功のデータを多く蓄積し、その活用を通じてオプティマルに近づく速度が日本人より速い場合もある。

 「摸著石頭過河(石に触れながら川を渡る)」という中国語の成語がある。未知の川を渡りながら、水深もわからない中で川底の石で足場を確認しつつ進むという意味であり、ヒューリスティック的な考え方の典型である。鄧小平もこの考えを基本理念とし、「改革開放は正しい事業だと思う。ならば、大胆に試みよ」と述べた。

 中国人・華人はヒューリスティックを駆使して成果を挙げてきたことは否定できない。この方法論は、オプティマルに近づく有効な手段である。日本人は、この柔軟なアプローチから学ぶべきである。

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