社長かクビか、キャンドル面接で始まるミャンマー事業の将来

 男2人きりのキャンドルディナーin Yangon?面接中の停電で、レンタルオフィスのスタッフからキャンドルサービスを受けての面接続行。外気温度38度を超え、クーラーなしのキャンドル面接は熱気ムンムンで、一生忘れぬ思い出になる。

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 今日は、2人目のミャンマー人採用を進めている。ミャンマー人の場合、中国人や韓国人よりも日本語に変な癖やアクセントが少なく、結構きれいな日本語をしゃべる。ただ致命傷が一つ――。漢字は大の苦手。ほとんど書けない人もいる。日本語翻訳の試験問題は、パソコンではなく手書きさせているところで判明した。最初から最後まで、ひらがなの長編を提出する人もいる。

 もうひとつ、ミャンマー人の場合、基本的に外国語といえば英語。イギリス植民の歴史もあるなか、特に年配者で英語を流暢に操る方が多い。若い人も英語のレベルが低くない。ただ、日本語人材の場合、英語はあまり期待できない。これは中国も同じ、日本語も英語も上手な中国人はめったに見ない。

 私はミャンマー語がまったくできない。クライアントが日本企業である以上、日本語人材以外にチョイスがない。もちろん、今後業容拡大になれば、英語人材を入れる余裕もできるが、現時点では日本語人材オンリーになる。

 人材選考にあたって、我が社の「人材」(人材像)とは何か、この原則論が一刻も頭から離れることはない。私の場合、特にミャンマー事業の創業段階では、やはり「やる気」やガッツ、ハングリー精神を最重要視する。

 「ミャンマーの社長になれ!そのつもりで、せいぜい5年、長くて8年。その時社長になれないのなら、クビだ」

 新人には、「社長かクビ」の選択肢を最初から与える。この国の事業はこの国の人間のものだ。中国も同じだ。私はただきっかけを作ったに過ぎない。いつまでも出しゃばるものではない。いいときに引く。桜が散っていくように美しく去ることは私の夢だ。絶対に老害になりたくない、絶対に晩節を汚したくない。

 人材育成、偉そうで先輩ぶって後輩や部下を育成することは、私はしない。顧客企業にも提唱しているのは、「教育」ではなく、「学育」(知識そのものを教えるのではなく、学び方を教える)。「OJT」ではなく「OJL」(実務をやりながら、「Teaching」ではなく「Learning」)。変化の激しい時代、私たちが身に付けた知識や経験はあっという間に老化し、陳腐化する。次の世代に、害を与えかねない。私は、後輩や部下にものの考え方、原理原則の作り方と守り方、つまり哲学しか教えない。いや偉そうに教えるとはいえない。一緒に勉強する。
 
 エリスのミャンマー事業が失敗したら撤退する。成功した場合、間違いなく、BOT(Build→Operate→Transfer)形式で最後にはミャンマー人に無償譲渡する。中国事業も同じ。最終的に中国人に無償譲渡する。これは一番良い事業の継承だと思っている。もちろん、適任者がいない場合は、会社を閉鎖する。