「なぜ」を2~3回も問えば、日本社会はひっくり返る

 5回「なぜ」を問う。日本社会のいわゆる「ルール」や「慣行」は、2〜3回の「なぜ」の繰り返しにすら耐えられない。

① 就職活動の学生や新入社員は必ずリクルートスーツ着用

 なぜ? → 社会人らしく見えるから。
 なぜ、「社会人らしさ」はリクルートスーツでなければならない? → 礼儀と信頼感を与えるため。
 なぜ、礼儀や信頼感は服装で担保する必要がある? → (ここで説明不能、結局「昔からそうだから」)

② ハンコ押印の義務

 なぜ? → 本人確認のため。
 なぜ、署名や電子署名ではいけない? → 信頼性に欠けるから。
 なぜ、ハンコの方が署名より信頼性が高い? → (ここで論理が崩れる。偽造も容易、三文判が一般市販されている)

③ 残業は評価される文化

 なぜ? → 頑張っている証拠だから。
 なぜ、成果でなく時間が証拠になる? → 長く働く人は熱意があるから。
 なぜ、会社は社員残業時間数という熱意の総和でなく、売上と利益で業績を測るのか? → (結局「そういう文化だから」)

 このように、2回目・3回目の「なぜ」で論理が破綻する(文化的慣習や情緒的理由しか残らない)ことが非常に多い。もともとのトヨタ生産方式における「5回なぜ(5 Whys)」は、基本的に製造ラインで発生する不良や停止の「真因」を突き止めるための限定的な手法。1回目の「なぜ」で出るのは表面的原因であり、そこからさらに4回ほど掘り下げて、根本原因(Root Cause)に到達することを狙う。

 本来は物理現象や工程不良の分析に適する。組織文化・人間関係・政治的力学など社会的・心理的要因の問題には不向き。なぜなら、3回目以降の「なぜ」で、権限構造や価値観といった触れにくい領域に突入し、現場ではストップがかかることが多い。したがって、トヨタ社内でも人事制度や経営方針といった領域には直接は使いにくい(使われていないようだ)。

 日本社会で「5回なぜ」をルールや文化に適用しようとすると、多くは2〜3回で「昔からそうだから」「和を乱すな」といった情緒的理由に行き着き、論理的原因追及が止まる。

 日本社会はこれだけ脆弱である。

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