尊厳の地政学――沖縄の揺らぎ、中国のループ、日本の盲点

● China Dailyが琉球カードを切った日

 「琉球は日本ではない」

 予想通り、中国がようやく琉球問題を持ち出した。遅すぎるくらいだが、時機としては完璧である。高市首相の台湾有事発言で日本国内が騒然とし、米国は沈黙し、中国は経済制裁モードに入りつつある。そんな空気の中で、中国が国営系メディアを通じ、琉球は日本ではないとの主張を持ち出す。

 2025年11月15日付のChina Dailyに「Interview with a Ryukyuan: Ryukyu is not Japan」という記事が出た。琉球は日本ではない、という直球タイトルである。

 登場するのは米国籍の琉球系活動家で、日本政府の沖縄政策や歴史認識を批判し、沖縄の独自性を強調する。中国側がどの人物を選ぼうと勝手だが、重要なのは人選ではない。このタイミングで、このタイトルで、この論点を国営系メディアが国際社会向けに流したという事実そのものだ。つまり中国は、沖縄・琉球を単なる歴史問題ではなく、対日・対米の政治カードとして、本格的に表舞台に乗せてきたということである。

● 沖縄人の四分類

 これは軍事ではなく情報戦の第一撃である。沖縄は日本国内で唯一、歴史・文化・言語・記憶の層が複数に分岐している地域であり、その分岐点こそが外部勢力にとって最も利用しやすい。元外務省主任分析官・佐藤優氏は沖縄人を次の四種類に分類した(2018年6月8日付 琉球新報)――。

 ① 完全な日本人:中国の情報工作が最も入りにくい層。逆に反発を招くだけなので、中国はここをターゲットにしない。

 ② 沖縄系日本人:かつてのマジョリティ、ここは「分断予備軍」。普段は波風立てないが、基地負担、経済格差、歴史認識が刺激されると、心理的に③へ流れやすい。中国にとって最も「揺らしがいのある層」。

 ③ 日本系沖縄人:急増中の層。この層は最も利用価値が高い。日本のための犠牲に我慢できない、沖縄への無理解や差別を強く感じる、究極の二択では「沖縄人」を選ぶ人たちである。象徴的人物は翁長雄志氏、琉球新報が精神的プラットフォームとなる。ここが動けば、沖縄の政治力学が切り替わる。そして中国は、この③を「穏健な反中央層」として最重視している。

 ④ 琉球人:独立論者ではないが、自己決定権重視。中国にとっては「切り札」。④の言説を国際世論に乗せることで、日本の統治正当性に疑問符を付けられる。

 つまりこの4分類は、階級モデルのように見えながら、実際には境界が政治文脈で伸び縮みする可変型ラベリングにすぎない。学術モデルとしてきっちり使える代物ではない。しかし、それでもなお、このモデルが無視できない理由が一つある。「3番目が肥大化している」という現象を可視化してしまったからである。

 佐藤の価値は、分類そのものよりも、「日本系沖縄人」が急増しているという指摘にある。これは沖縄の現実と整合する。日本政府の不器用な沖縄政策、とくに基地負担をめぐる高圧的なやり方、本土メディアの無理解、全国ワースト水準の貧困と格差、「日本全体のために沖縄が犠牲になる」という物語の共有、そして翁長雄志が残した「尊厳」の物語。これらが重なり合って、「日本人でもあるが、沖縄人としての尊厳を優先する」層が劇的に増えた。

 最大の問題は、この4分類が政治的ラベルとして一人歩きしたときである。沖縄差別を強調したい勢力は、「沖縄人の尊厳が踏みにじられている」と④や③を前面に出す。沖縄独立論を危険視したい勢力は、「琉球人を増やそうとする左派の陰謀」とレッテルを貼る。つまり、分類は現象説明の道具であるはずが、政治的ラベリングとして消費され、対立の燃料になる。

● 「日本系沖縄人」と「琉球人」が半数を超える日

 今の沖縄社会をざっくり数値化する(以下AI試算)とき、中国の介入余地は一気に跳ね上がる。

 現状の推定値から冷たく始めよう。①完全な日本人は、おそらく15〜20%程度に過ぎない。②沖縄系日本人は30〜35%。文化や食事には誇りを持つが、日常生活で日本人か沖縄人かなどあまり意識しない層である。10年前ならここがマジョリティだった。しかし基地負担の固定化、本土の無理解、経済格差の持続によって、この層は静かに痩せ細っている。

 代わりに膨張しているのが③日本系沖縄人だ。推定35〜40%。日本人でもあるが、究極的にどちらを優先するかと問われれば「沖縄人」と答える層である。日本全体のために沖縄だけが犠牲になる構造にはもう付き合えないという感情が強い。「日本のために我慢する沖縄」ではなく「沖縄として日本と向き合う沖縄」を選ぶ人々だ。

 そして、その先に見えてきているのが④琉球人で、おそらくすでに10%前後は存在する。独立論にはくみしないが、自己決定権という言葉に強く反応し、日本国家を「対等な相手」として見ようとする層である。

 この数字を合計するとどうなるか。①+②でおよそ45〜55%、③+④で45〜55%。つまりすでに沖縄の内部では、「国家アイデンティティ優位」側と「地域アイデンティティ優位」側が拮抗している。しかも、増勢にあるのは③と④、減少傾向にあるのは①と②である。

 冷酷な言い方をすれば、時間が経てば経つほど、沖縄社会の重心は「日本国家を前提にした沖縄」から「沖縄を前提に日本と向き合う沖縄」へ移動する。③が肥大化し、④が静かに増殖する。このトレンドは、基地負担が減らず、所得格差も埋まらず、日本政府の言動が相変わらず鈍い限り、逆転しない。③と④の境界線は、イデオロギーではなく優先順位の問題に過ぎない。だからこそ、③から④への移行は自然に起きる。

 そして中国は、この数字と構造を一番よく見ているはずだ。北京にとって重要なのは、「沖縄に独立運動を起こす」ことではない。そんな愚かなことをすれば、米軍と正面からぶつかる。狙いはもっと現実的で、もっと陰湿だ。「日本国家の一体性に疑問符をつける」ことである。そのためには、沖縄社会で③と④が心理的多数派になるだけで十分だ。沖縄が独立を叫ぶ必要はない。沖縄が「日本国家より沖縄の尊厳と自己決定を優先する」状態になれば、それだけで日本の安全保障の中枢にひびが入る。

 China Dailyが「Ryukyu is not Japan」を打ち上げた意味はそこにある。④琉球人の言説を国際社会に見せ、その存在を可視化することで、日本の統治正当性に小さな疑念を注入する。同時に、③日本系沖縄人の尊厳感情を刺激し、「本土はどうせ分かっていない」という被害感覚を増幅する。②沖縄系日本人は、その光景を見ながら静かに揺れる。

 ③と④が合計で過半数を超えた瞬間、何が起きるか。まず、沖縄の政治家が「日本全体のための沖縄」という立場で選挙に勝てなくなる。彼らは「沖縄のために日本と交渉する沖縄人」として振る舞うしかない。名誉と尊厳を掲げる政治言語が標準語になり、基地や経済に関する議論はすべて「不平等な構造」というレンズを通して語られるようになる。

 次に、国際社会での沖縄の扱いが変わる。国連や国際メディアで「沖縄の自己決定権」「沖縄住民の人権」「基地負担の不平等」といったテーマが扱われるとき、日本政府の立場は守勢に立たされる。中国はそこに、香港や台湾で培った世論戦の技術をそのまま持ち込み、「日本政府は沖縄人の尊厳を無視してきた」という物語を積み上げるだろう。沖縄の中で③と④が多数派になっているなら、その物語は外から見れば「それなりに説得力のある話」に見えてしまう。

 最後に、日本国内の分断が固定化する。本土側は「沖縄だけ特別扱いするな」「いつまで被害者ぶるのか」と反発し、沖縄側は「だから本土は何も分かっていない」と絶望する。③と④が多数派になった沖縄から見れば、日本国家は「対等なパートナー」ではなく、「いつまでも上から説教を続ける親」だ。そこに中国が「対等な経済パートナー」を演じて入り込めば、心理の針はさらに日本から離れる。

● 中国の沖縄戦略はムチではなくアメだ

 佐藤優の4分類を沖縄の政治心理モデルとして読み替えると、③日本系沖縄人と④琉球人が膨張しつつある現実が見えてくる。そして、この比率が増えれば増えるほど、中国は何もせずに「待つだけ」で利益が増える構造が生まれる。中国が沖縄を軍事的に奪う必要などまったくない。占領コストが高すぎるし、国際社会の反発も必至だ。むしろ軍事は邪魔ですらある。

 北京が本当に欲しがっているのは、沖縄ではなく、沖縄を通じて日本国家の内部に形成される「亀裂」である。中国はその亀裂をこじ開けるだけで、日本全体の政治力学と安全保障体制を揺らすことができる。しかも、そのやり方は極めて現代的で、実にコストパフォーマンスが高い。

 そう難しいことではない。中国が沖縄に経済優遇策を打ち出し、日本政府が本土の反発を恐れて対抗できず、沖縄の心理的距離が本土から離れ、中国はその状況をさらに利用し、日本国内の分断は深まる。つまり、沖縄を破壊する必要などない。沖縄を褒め、優遇し、誘い、水のように浸透すればいい。軍事ではなく、観光、経済、文化、教育、交流といったカードだけで、日本の弱点は容易に刺激される。

 第一のカードは観光である。中国が沖縄を「特別観光優遇地域」として扱うのは目に見えている。ビザ免除、直行便の増便、沖縄製品の輸入関税軽減、沖縄の観光企業への集中投資。観光が沖縄経済で占める割合を考えれば、これは沖縄側にとって魅力的に見える。中国からの観光客が戻れば、宿泊、飲食、交通、小売の全てが潤う。「日本政府は沖縄の経済を救う気がないが、中国は沖縄の価値を理解している」という物語が、沖縄側に自然に浸透する。そして日本本土の保守層は「中国依存してどうする」と反発し、沖縄側は「だから本土は何も分かっていない」と逆に怒る。対立は深まる。

 第二のカードは文化だ。中国は琉球と中国の歴史的交流を強調し、「琉球文化は東アジアの共有遺産」として扱うだろう。表向きは友好的で穏やかな文化外交だが、心理的効果は大きい。沖縄の若い世代にとって、文化的承認は「対等扱い」の象徴になる。本土からの「指導」「管理」「同化」ではなく、中国からの「尊重」「対等」「交流」が心理的に響く。③日本系沖縄人の尊厳感情が最も揺れ動くポイントである。琉球舞踊、言語、資料、歴史研究が中国の大学や基金に支援されれば、沖縄は国際社会の中で「独自の文化主体」として認識され始める。これは④琉球人層にとって強力な燃料になる。

 第三のカードは教育だ。中国の大学が沖縄の学生に奨学金を提供し、中国企業と沖縄企業の共同プロジェクトを推進し、沖縄出身者を対象にした特別枠を設ける。これは単なる教育支援ではなく、心理戦である。「日本本土の大学より沖縄を大切にしている」という印象を作り出せば、それだけで沖縄内部の意識地図が書き換わる。日本政府にはこうした政策を実行する想像力も予算もない。沖縄振興策が官僚の作文と族議員の予算獲得ゲームに堕している現状では、なおさらである。

 第四のカードは経済だ。中国資本が沖縄の中小企業に投資し、観光施設、物流、サービス業、食品産業に入り込む。沖縄側はこれを歓迎するだろう。日本政府は規制を掛けづらい。規制すれば、沖縄側は「本土は沖縄の経済を阻害している」と怒る。本土側は「中国に乗っ取られる」と騒ぐ。どちらが正しくても構わない。対立が深まれば深まるほど、中国は笑っていればいい。沖縄に実質的な影響力を持ちながら、責任も批判も引き受けずに済む。こんなに楽な介入方法は存在しない。

 この四つのカードが循環するとき、中国にとっての「最高のループ」が完成する。沖縄の心理が本土から離れる。日本政府は本土の反発を恐れて深い優遇策を出せない。このループは軍事力より強力である。なぜなら、心理と経済で形成される亀裂は、爆弾では破壊できず、外交では修復できず、政治家の号令でも止まらないからだ。

 結論を冷たく言ってしまえばこうだ。沖縄の独立論など中国には関係がない。中国が求めているのは、日本国家内部の「分断の再生産」である。分断とは、自力で増殖する構造を指す。本土側の反発、沖縄側の被害意識、中国の優遇策、日本政府の鈍い対応。この四拍子が揃えば、分断は勝手に育つ。これが、中国にとっての最高のループであり、日本にとっての最悪の罠である。

 この罠を壊す方法は一つしかない。日本政府が沖縄に対して、歴史的にも政治的にも誠実な対話を開始し、本土の負担も含めて構造を再設計することだ。しかし、いまの政治家たちにそれを期待するのは非現実的だろう。

● 沖縄の反逆と内側に生まれる拒否感

 まずは結論から言おう。沖縄の政治心理が揺らぎ続ける限り、日米同盟は「機能しているフリ」をするだけの同盟に変質する。台湾有事の抑止力は低下し、中国は戦わずして主導権を握る。この現象は軍事分析では説明できない。政治心理、国家内部の分断、尊厳感情、文化承認、この四つが絡み合ったとき、同盟は性能の半分を失う。外側は鉄だが、内側は空洞。この「内圧の崩壊」こそが、日米同盟の最大の弱点なのだ。

 台湾海峡有事の際、沖縄がどれほど重要かは説明するまでもない。南西シフトは沖縄の地政学的価値を最大化させ、米軍の展開能力も沖縄に集中している。しかし、「台湾防衛のために沖縄が犠牲になるのは嫌だ」。これはすでに沖縄社会に存在する声だが、今後の10年でさらに強まるだろう

 誤解されがちだが、中国は沖縄の米軍基地を軍事的に破壊したいわけではない。そんなことをすれば、米国の反撃を招くだけだ。中国が狙っているのは、米軍基地の「機能不全」である。もっと具体的に言えば、沖縄内部で次の空気を生み出すことだ――。

 「台湾有事に巻き込まれたくない」
 「本土のために犠牲になるのは不公平」
 「日本政府に押し付けられている」
 「米軍は危険を持ち込む存在だ」
 「沖縄は自分で決めるべきだ」

 これらはすべて感情であって、軍事論ではない。しかし感情は、法律より強い。中国が欲しいのはこれだ。沖縄という土地ではなく、日本という国家の「内側に生まれる拒否感」である。

 台湾有事を語るとき、多くの評論家は軍事バランス、米中兵力差、十分条件・必要条件といった外側の問題ばかり語る。しかし本当のリスクは日本の内側にある。沖縄ではすでに、「台湾有事は本土の戦争であり、沖縄の戦争ではない」という声が一定の勢力を持つ。これが③日本系沖縄人と④琉球人の膨張を背景にさらに拡大すると、日米同盟は内部から機能不全に陥る。

● 結論

 中国は沖縄を欲しがらない。中国は沖縄を揺らし、日本全体を揺らす。これほど効率的な戦略は存在しない。日本政府の最大の誤りは、沖縄を地方自治体と扱うことだ。沖縄は日本外交の弱点であり、日米同盟の中核であり、中国の心理戦の主戦場である。

 沖縄を誠実に扱えない国家は、同盟を維持できない。沖縄の地図が揺らぐとき、日本の地図も揺らぐ。そしてその揺らぎは、すでに始まっている。

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