自民党の「臨界点」、支持者のあなたは安全脱出できるか?

 20代から一筋自民党に投票してきた私は、今回の参院選で始めて「変節」「転向」。ただ周りは依然として自民党支持者が多いことも事実だ。自民党以外への投票について、彼たちのほとんどは「自民党以外に政権担当能力のある保守政党はいない」「民主党の悪夢があった」という2点を強調する。

 基本的にこの2点には表面現象としては同意する。ただし、私は10の問いを提示したい――。

 (1) 自民党は果たして保守政党であるか?「保守」とは何か?
 (2) 「政権担当能力」とは何か?「政権担当動機」は能力よりもはるかに重要ではないか?
 (3) 「国益」とは何か?国益と党益は必ず一致しているのか?利益相反に自民党はどう処理してきたのか?
 (4) 「民主党の悪夢」はその通りだが、今は「悪夢」が終わったのか?「悪夢」が「良夢」になったのか?
 (5) なぜ日本国民は当時民主党に投票したのか?どこが間違っていたのか?
 (6) 民主党の悪夢はすなわち野党なら全員悪夢なのか?
 (7) 悪夢を見ないために自民党に投票するのか?
 (8) 政策を評価するのか?政党を評価するのか?
 (9) 憲法改正は自民党結党以来の党是、しかし66年経っても改憲ができていない。なぜ?これから何年経てばできるのか?
 (10) あなたは何を守りたいのか?自民党は守ってくれるのか?守ってくれなかったらあなたはどうするか?

 自民党の支持者の多くは、現状を守りたいという人たちである。自民党には不満がたくさんあっても投票せざるを得ない「受動型支持者」たちである。まるでDVに苦しみながらも旦那から与えられた僅かな生活費に頼り、離婚に踏み切れない女性のようだ。離婚したらなかなか復縁も難しいが、選挙なら数年後また黙って票を戻せばそれで自民党は与党に返り咲く。何が怖いのか?

 このような心情(心理的葛藤)を自民党もよく把握している。それが自民党の安心感につながる。基本的に与党の地位は当分、安泰だ。少々勝手なことをやっても引きずり降ろされることはない。しかしこの「少々勝手なこと」を来る日も来る日も積み上げるとどうなるのか?量的変化から質的変化へ「昇華」するには、ある臨界点が存在している。

 その臨界点を見据えて、自民党はどう考えるか。その臨界点までの安全地帯を生かし、個々の当事者は各自の利益を最大限に確保する。臨界点到達までに脱出さえできればいいわけだ。つまり、自民党内の当事者は長期的党益よりも、中短期的個益が大事だ。党益すら守れない党は、どうなって国益を守るというのか?

 サラリーマンは十分な年金をもらって定年すれば、後は悠々自適な生活が待っている。その後に会社が潰れようと何があろうと関係がない。人間は経済的動物だから、基本的に利害関係の処理は同じパターンを辿る。善悪次元の価値判断ではなく、事実認識である。

 自民党と同一既得権益層に所属する財界もまた然り。政財界の既得権益層にとって今の「温存法」が一番なのだ。問題はそれ以外の大多数の自民党支持者だ。実は、その大多数は既得権益者層でも何でもない。ただ漠然とした「守りたい」派なだけだ。その「守りたい」心理がまんまと利用されているのだ。

 この2つのグループのどちらに所属しているか。人それぞれ判断することだ。基本的な判断基準(指標)は、臨界点にきてビッグバンがあってその後の人生(家族を含めて)は何らかの影響を受けるかどうかだ。

 最後に「臨界点」の場所を確認しておきたい。今のままでは、自民党の臨界点と日本国の臨界点が基本的に同一場所に設定されているように見える。臨界点のビッグバンは、「未曾有」「想定外」であるから、だれも責任を取ってくれない。

 ドラッカーいわく「すでに起こった未来を見極める」。つまり。「未曾有」を「想定」し、方舟を用意することだ。

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