AIは仕事を奪わない、経営職の「定義」を奪う

 AIが仕事を奪う、という言い方は分かりやすいが、本質を外している。正確に言えば、AIが奪うのは仕事そのものではなく、仕事の定義である。そして最も影響を受けるのは、現場ではなく経営職だ。CEO・CFO・COOという肩書は残る。しかし、その中身はすでに別物になりつつある。AI時代の変化は、配置転換ではない。役割の変質である。

 まずCEO。従来のCEOは、情報を集め、考え、意思決定を下す存在だった。だがAIが高度化した世界では、意思決定そのものはAIが補助、あるいは代替する。CEOの役割は「決める人」から、何をAIに決めさせ、どこで人間が介入するかを設計する人へと移る。戦略家である以前に、意思決定構造の設計者になる。

 次にCFO。ここは最も変化が激しい。数字を読む、分析する、予測する――これらはAIが圧倒的に得意とする領域だ。結果として、CFOの価値は会計処理や分析能力ではなく、資本配分とリスクをどう設計するかに集約される。AIを理解できないCFOは、決算をまとめるだけの存在に縮退する。

 COOも例外ではない。人を管理し、現場を回すという従来型COO像は限界を迎える。業務はAIによって分解・再設計され、人間とAIの混成オペレーションになる。COOの仕事は現場管理ではなく、オペレーション全体の統治と例外処理に移る。ここに適応できなければ、COOという職位そのものが分解される。

 では、新たにAI責任者を置けば済むのか。そうではない。AI担当という肩書は過渡的な存在にすぎず、最終的にはCEO・CFO・COOの内部にAIが組み込まれる。経営職そのものがAI前提で再定義されるのである。

 結論は明確だ。経営職は消えない。しかし、AIを理解できない経営者は、意思決定の中心から外される。肩書は残るが、実質的には中間管理職化する。AI時代の組織は、ピラミッドではない。上層に「人間の責任としての設計と統治」があり、下層にAIと人間による判断と実行がある二重構造になる。この構造を設計できるかどうかが、経営者の生死を分ける。

 AIは仕事を奪っているのではない。経営という仕事の意味を書き換えている。それに気づかない経営者から、静かに舞台を降りていくだけである。

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