【Wedge】社員の個人事業主化でこぼれる弱者をどう救うのか~タニタ・谷田千里社長インタビュー(後編)

 日本にはびこる、働き方を巡る「なぜ」の正体とその対処を、人事・労務の専門家の立場から解説した著書『「なぜ」から始まる「働く」の未来』(ウェッジ刊)の著者である立花聡氏が、働き方改革の焦点の1つである「社員の個人事業主化」の現状について、その先頭を行く企業であるタニタへのトップインタビューを行いました。その内容を2回にわけてご紹介します。

 会社はなぜ、個人事業主化を求めているのか。その原点と本質的な理由とは何か。

 そして、目的を実現するには、社員と個人事業主という二択だけなのか。その間に「第三の道」はないのか。「第三の道」によって、労使双方のリスクを軽減し、バランスを取っていくことはできないのか……。ここまでが前回「社員の個人事業主化、その理想と現実」の話である。

 次に進む前に、改めて、社員と個人事業主とはどう違うのか。一般論にわたる部分もあるが、「保存版 社員VS個人事業主、全比較表」にまとめてみた。精確な定量化は難しいが全体的にいえば、個人事業主化によって会社が抱え込む主なリスクは、法律面に集中している。一方、社員にとってみれば、メリットもありながら、多様なリスクにさらされることも事実だ。

● 補完関係と格差

――続いて「格差」について伺います。できる人とできない人、たくさんできる人と少なくできる人の間に、格差がどうしても生じます。これは成果主義に照らして、ある意味で健全といえるかもしれません。

 ただ、日本社会の現状をみると、すぐに社会的に受け入れられるかというと、心情的な問題がありますね。そこで、補正や救済手段が必要になってきます。敗者復活ルールや敗者救済体制の整備など、そういったデリケートな部分になります。

谷田千里社長(以下「谷田」) 弱者の話ですが、会社のなかでいえば「補完関係」になります。たとえば、必要な定型業務があって、あまり高度な仕事ができない人はやはり、定型業務をやることになります。その仕事をする人は高い給料をもらうことはおかしいと思います。

 もちろん、救済はされるべきですが、できる人とできない人は明確に分かれていますので、できない人はそういう仕事をやればいいのではないかと。たくさんできる人の時間をたくさん使わなくても、代理でやってあげられるようなことをその方々がやれば、補完関係が成立します。経済的に組織が回る。私の中には、それでいいんじゃないかな、という割り切り感があります。

 AさんとBさんがいて、Aさんは仕事を取ってきて、Bさんがそのサポートをする。経済学的な合理性がありますから、そこでいわゆる格差が生まれるかもしれませんが、しかたないと思います。弱者の救済という意味では、欧米と一緒で、税金を賄っているのはやはり大半お金持ちの人なので、要するにできる人はたくさん稼いで、その分税金で社会保障を厚くして弱者救済に回せばいいと。

――今仰っていたことは、社会次元ですか、それとも単体企業の次元です。

谷田 社会次元です。

――実は企業内でも、強弱の関係は、似たようなメカニズムで調整できると私は考えています。つまり保障や救済という機能です。

 もう一つ、「値付け」について伺います。「この仕事はいくら」という「仕事の値付け」、これと平行して「成果の値付け」という概念も導入できないでしょうか。たとえば、「仕事の発注(請負)」と「成果の買取」という2形態を併用すれば、実社会の市場経済メカニズムに、より近づけることができます。

谷田 私が知っている範囲ですと、成果の値付けのほうは個人事業主委託契約更新の時にやっています。

谷田千里社長(写真はタニタ社提供)

 たとえば、営業をやっています。その年は営業で契約をしていますが、でも困ったことが起きて、それが営業でなくて総務の仕事じゃないかということになりますと、追加業務として払いますから、やってくれとお願いして終わります。

――なるほど、結果的に「仕事」という対象を評価しているんですね。すると、その「仕事」は少しやり方を変えると、もっと効率がよくなるんじゃないかとか、あるいは、そもそもその「仕事」をやらなくてもいいんじゃないかとか、そういう場面に対応できるか、いわゆる究極の生産性の議論に持ち込めるかどうか、そこが課題になりますね。せっかくの制度ですから、工夫すれば、もう少し脱皮して進化できませんか。

谷田 個人事業主ですから、自動的に無駄な仕事はやりたがらないはずです。

――わかりました。では、谷田社長がもし日本国の総理大臣になったら、日本の産業や企業に対して、どんな政策を実施しますか。

谷田 社長業をやっていたら、まず最初に変えたいのは人事で、人事評価制度ですから、公務員の人事制度改革ですね。昨年度と同じことをしていたら評価しません、と言うふうに変えます。後は、お役人さんは頭がいいので、お役人さんに期待します。

――なるほど、経済産業の施策よりも、まず公務員改革。人を変えるところから始まると。それはまさに正論だと思います。しかし、正論とわかっていても、なかなか実行できない。実行しようとしたら、既得権益層、抵抗勢力がどーんと反発してきます。この妨害を取り除きたいところですが、何か良い方法はありませんか。

谷田 いや、それは、本当にないんです。あるとすれば、外部の要因。外圧がないと、できないでしょうね。今は、日本は米国にかかっていますので、米国から外圧がかかれば、いちばん早いんじゃないかと思います。

――結局、そこなんですよね。本日はありがとうございました。

● 積み残された三つの課題

 以上、2021年9月に行われた谷田千里社長との対談を、2回にわけてご紹介した。

積み残された課題を解決するヒントも盛り込まれている『「なぜ」から始まる「働く」の未来』

 この対談からわかったのは、積み残された三つの重要な課題がある、ということ。今回のメインテーマに絡んで、社員と個人事業主という二択のほかに「第三の道」を模索するうえで、入口にもなる重要な課題である――。

 一つ目は、法的身分である「社員」と「個人事業主」の間に、「第三の道」を切り開く可能性の探求である。現行制度枠内において、つまり社員という身分を保有しながら、ある種の制度的スキーム(仕組み)を構築し、社員が個人事業主にならなくても事業主同様なモチベーション、経営者目線を持てる、そうした効果が得られる方向性である。

 「第三の道」は個人事業主と比べてよりアクセスしやすい、社員にとっても会社にとってもよりリスクの低いものでなければならない。

 二つ目は、個人事業主に対する委託、値付け対象における「業務」と「成果」の捉え方である。社員時代の業務をそのまま委託するよりも、恒常的に生産性向上・成果指向型の評価(値付け)について、タニタの現行制度には、改善する余地があるように思えた。なぜなら、組織横断的・全社規模のイノベーションを目指すうえで、少数の個人事業主だけでなく、マジョリティの社員を巻き込む必要があるからだ。いわゆる「全社総経営者体制」。ここは「第三の道」、いかにして社員に経営者目線を付与するかという話につながってくる。

 三つ目は、弱者救済の問題。谷田社長の強弱関係における「経済学的合理性」には賛同するが、「割り切り感」をもって「弱者救済は社会の仕事だ」とする考え方については、短絡的すぎるように思えた。新自由主義の是非を議論する場面ではない。一企業内での弱者救済とは、競争原理に反して単に分配をむやみに与えるのではなく、「弱者強化」というプラス思考で臨みたい。

 老子に「授人以魚、不如授人以漁」(弱者には魚を与えず、魚の釣り方を教えよう)という格言がある。これも「第三の道」に絡んでいる。

● 「第三の道」はどこにあるのか

 社員の個人事業主化は、組織内の上下の人間関係を組織外に移行し、横の対等な取引関係にするという「手段」で、会社利益と社員利益という二つのベクトルの方向を一致させることを「目的」としている。

 つまり個人事業主は単なる手段にすぎず、目的ではない。その手段に法的問題や社員の疑念・懸念といった副反応が生じたなら、代替手段の可能性を探るべきではないだろうか。

 本来ならば、タニタの社員向けの覆面座談会や個別インタビューで本音を探り、そこで得たフィードバックに基づいて語るべきだった。現状では、まだ1割程度という高いとはいえない個人事業主率から、多くの社員には何かしらの戸惑いがあったのではないかという暫定的な仮説としたい。

 会社利益と社員利益という二つのベクトル、その方向を一致させるという目的には、私は強く賛同している。残されるのは、正社員と個人事業主の間に、「第三の道」を模索し、切り開くことだ。インタビューの中でも一部触れたが、雇用関係の存続、社員身分の維持という前提の下で、会社利益と社員利益を一致させるという目的を達成することだ。

● 敗者復活と弱者救済の可能性を

 戦後の日本では、新卒の一斉採用から各社は独自の社内教育を施し、社員には自社にしか通用しないスキルを身につけさせてきた。そのうえ、内部労働市場のメカニズムよりも、むしろ人事部の異動辞令によってあちこち社内の仕事を経験させてきた。

 社員は世間一般、社外にある外部労働市場の競争、サバイバルの試練に晒されていない。そんな無菌状態に置かれてきた大方の社員にとって、「明日から事業主になる」という選択肢はいささか唐突に見えるのではないだろうか。

 最後に、敗者復活と弱者救済ルールについての私案を提示しよう。

 外部労働市場に社員を送り出す前に、まず社内(内部労働市場)でフィルタリングをかける。サバイバルゲームの訓練を行い、失敗を乗り越えてもらうためにも、敗者復活のチャンスと一定の弱者救済機能を備える。

 AI時代が進み、特に単純重複業務はいずれ機械に取って代われるが、そのポジションにいた社員のサバイバルはどうするか。ソトの厳しさを、ウチで体験・体得してもらうことが必要だろう。目指すところは、「いつでも会社を辞められる」力の育成だ。その力が身についたところで、社員は自ずと事業主へ移行する最後の一歩を踏み出すだろう。

 そうした機能を盛り込んだ「第三の道」を、企業が用意すべきではないだろうか。タニタ1社だけの話ではない。すべての日本企業に呼びかけたい。

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