交渉

 ネゴシエイター。人質の解放を求めて、テロリストとの交渉は大変な仕事だ。これを専門とするプロは、ネゴシエイター(交渉人)という。

 ビジネススクール時代、「交渉学」という科目があって、それだけ専門化された学問なのだ。交渉というのは、単なる話術ではない。実は情報戦と心理戦なのだ(もちろん、話術も重要だが)。

 交渉相手の情報をなるべく多く得るよりも、交渉を制するキー情報の入手が不可欠。なかでも、妥協できる最低ラインという情報ほど重要なものはない。上級者のネゴシエイターは、論理的に、相手の最低ラインをさらに引き下げさせることもある。ただ、どんなに努力してその最低ラインを受け入れられないとき、交渉は破裂する。

 中国の店で買い物するとき、交渉はつきものだ。そこで概ね二通りの交渉法がある。ひとつは、100元→50元、90元→60元、80元→70元、75元=75元という「ステップ接近法」(動態型)。もうひとつは、100元→50元、Yes or Noという「一点張り選択法」(静態型)。私は後者の手法をよく使う。100元から、90元や80元ないし70元まで下げられても、あくまでも50元の一点張り、50元でなければ買わない。去ろうとしたところ「ちょっとまった旦那」と呼び止められたら、こっちの勝ち。でなければ負け、買い物を諦める。相手の「損益分岐点」をどこまで読めるか。あるいは単純に自分の価値観で、「この商品は50元だったら買う」という原理だ。

 私自身はプロのネゴシエイターではない。ただ仕事柄交渉を必要とする場面も少なくない。一番緊迫した場面はやはり、ストライキ。中国のストライキの交渉で大変なのは、交渉の相手がだれか特定できないことだ。通常、労働組合がストライキの組織者ではないし(おかしなことだが)、誰一人もリーダー格の人物が名乗って出て来ないのは会社の事後報復を恐れているからだ。そこで参加者全員が一斉に怒号し、数百人や数千人を相手に交渉するどころか、まず声が枯れてしまう。

 それでも交渉しないといけないので、交渉し、交渉を制し、交渉に勝つ。えっ、どう交渉するんですかって?それは商売の秘密だから、言えません。といっても、テロリストとの交渉は人質の命がかかっているし、時間もあまりない。本当に大変だ。どうかうまくいくよう、祈っている。