パースの夏(10)~高生産性と高賃金、労働現場視察所感

<前回>

 パースでは、現地旅行会社の日帰りバスツアーに複数回参加した。職業柄、私はバス運転手・ガイドの仕事ぶりの観察にフォーカスした。

 実は、日本のようなバス運転手とツアーガイドとの職業(職位)分類がなされておらず、バス運転手がガイド役を兼務するという驚くべき「ワンマン・ツアーバス」制度であった。

 早朝6時台、運転手が出社して当日ツアーの乗客名簿などの詳細資料を受け取る。7時、運転業務開始。市内複数のホテルを回り、予約客をピックアップする。

 これがまた複雑な業務である。単なる自分担当ツアーの客だけでなく、他コースに参加する客もピップアップするのだ。運転手は分厚い名簿と照合して異なるコースの参加者を確認する必要がある。そこで、複数のバスが異なるルートを取って異なるホテルから客をピックアップし、最終的に一旦ツアー出発センターに立ち寄る。

 市内の交通要衝となる高速道路インターチェンジに隣接する出発センターでは、集客してきたバスが8時前に相次いで到着すると、客の交換が行われる。それぞれの観光コースの客を間違いなく該当コースのバスへ誘導し、そこで運転手が再度自分担当ツアーの客を確認して乗車させる。

 8時、各観光コースのツアーバスが次々と出発センターを出て、高速インターチェンジに乗ると、東西南北各方面へと散っていく。基本的に、効率性を重視する近代的物流システムと同じ原理だ。因みに出発センターで客交換業務をサポートするのは1~2名の補佐スタッフだけで、あとはすべて各バス運転手が主役を務める。

 ようやくバスが本出発となると、それに先立って昼食の確認業務を運転手が行う。客によって注文した食事の内容が違うからだ。たとえばロブスターを特注した客には、ロブスター引換券をこれも注文リストと照合しながら配布する。

 ここまでではない。食事のアップグレードを勧誘するのも運転手の仕事。昼食の時間に近付き、客もそろそろ空腹状態になってくるタイミングを狙って、運転手は停車時間にサンプル弁当を見せながらバス内を回る――。

 「皆さん、お昼の食事はこんなものです。サラダと鶏だけというシンプルな弁当です。ダイエットも結構なことですが、世界一のロブスター産地をこれから回りますが、一度だけの体験でどうでしょうか。ロブスターの追加注文をいまでもお受けしますよ」

 こんな具合で、「ねぇ、お父さん、せっかくだから食べてみない。ロブスター」。こういう攻勢に耐えられるお父さんは世にも稀であろう。そこで多くの財布のひもが緩み、オーストラリアのGDPへの貢献となるわけだ。

 昼食の場所に着くと、運転手は全員分の弁当が入っている大きな保冷箱を抱え、先頭に立って客を誘導する。食事中にはドリンクを配ったり、ビールを注いだりして忙しい。客が食事を終えようとしたところで、ようやく運転手が食事にありつき、パンを急いでかじってご飯をかきこむ。ほぼ5分もかけられない時間配分である。

 2食で夕食が完全別注というツアーもある。その場合は、10種類ほどのメニュー注文票が車内回覧で回る。客が好みで選び終えた注文票を回収すると、運転手はトイレ休憩の時間を利用して、携帯電話で夕食のレストランに発注する。とにかく運転手は忙しい。

 観光スポットの案内はもちろん丁寧にこなしているし、環境保護で石や植物を持ち帰らないように客に念を押しながら、きちんと現場を監視し、いくら客であっても違反行為があれば即時注意するという姿勢が素晴らしい。運転中も常時、風景から文化や慣習ないし雑学まで絶えずに紹介し、セミナー状態である。

 パースの場合、郊外の日帰りツアーといっても、片道200~300キロと超遠距離である。パース市内に帰還するのは夜19時30分以降、遅いツアーだと22時頃になる。運転手は市内各降車ストップで客を降ろしてから帰社し、当日のレポートを提出する。1日の勤務時間は14時間から16時間。

 19時台に市内帰還するツアーの担当ドライバーは、なんと翌日も同じコースを引き受けていると本人がいう。連日14時間以上の勤務には果たして耐えられるのだろうか。

 聞くところによると、オーストラリアのバス運転手も給料が高いらしい。運転手に限らず、オーストラリアの場合賃金相場が全般的に高い。その高賃金を裏付けるのは、高生産性と高付加価値にほかならない。一人二役以上の仕事をこなすのも基本中の基本であろう。

 一方では、オーストラリアの労働組合の力が強い。従業員の時給が高いし、サービス残業などはありえない。私が思うには、むしろ、経営者も労働組合も両方程よい強さと緊張感を保つのがベストだ。相互けん制によってバランスを取っていくということだ。高生産性と高賃金の両立共存に、労使の双方が合意すれば大変良いことだ。

 これに対して日本国内の労働現場を見ると、特に一部事務系やサービス系では生産性が極めて低い。長時間労働、サービス残業、一部の低賃金、無力の労働組合、さらなる悪しきは同調圧力による風通しの悪さ・・・。オーストラリアを礼賛するつもりは毛頭ないけれど、比較によって日本の問題の本質がより鮮明に映し出されたのではないだろうか。

<終わり>

コメント: パースの夏(10)~高生産性と高賃金、労働現場視察所感

  1. オーストラリアと言えば、やよい軒シドニー店のサバ定食が2500円(日本の4倍)するとかで一時期ニュースになった記憶があります。人件費、家賃、材料のすべてが高いのだとか。だから、バスの運転手の給与が高いのは、付加価値とは関係ないのでは?

    1.  付加価値と労働生産性の定義とは何か、低付加価値の高賃金とはまた何か、あえて比較するならサバ定食にかかった人件費はどのくらいか、その労働生産性、さらにサバの仕入れ・流通コストも遡っていく必要があります。ご興味があれば、検証してみてください。

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