KL伊勢丹、「Japan Store」と「Nippon Museum」の対立

 日曜の夕方、月例コンサートの帰り、4か月前にオープンしたクアラルンプール伊勢丹「Japan Store」の視察に立ち寄る。

 全体的な印象からいうと、「Japan Store」よりも、全館を通して「Nippon Museum」といったほうが適切だ。燦爛豪華、素晴らしい。素晴らしすぎる。ずいぶんとお金がかかっているだろうから、その初期投資は何年で回収できるのか、まず答を探し求めたくなる。

 2番目の印象は、強い「発信」と弱い「受信」のアンバランス。・・・・・(以下略、ビジネスレポート用コンテンツ)

豪華なレストラン・フロア

 3番目の印象は、・・・・・(以下略、ビジネスレポート用コンテンツ)

 4番目の印象は、・・・・・(以下略、ビジネスレポート用コンテンツ)

 5番目の印象は、・・・・・(以下略、ビジネスレポート用コンテンツ)

 一連の印象から乱暴に結論を導き出すべきではないが、「Japan Store」は前途多難だろうというのは、私の率直な感想である。繰り返しになるが、立派な「Museum」から購買行為を引き出し、さらに利益につなげる道筋が見えていない。ただ、文化大使という位置付けなら、何回も大賞の受賞に値する。

 といろいろ考えているなか、今朝、あるニュースの見出しが紙面に踊った――。「三越伊勢丹HD、大西社長が辞任へ 多角化の成果出ず」。多くの驚きの声があがるなか、私はむしろそれが、必然的帰結だと思った。

 事業の多角化は、斜陽化する百貨店業の救世主ではなく、他分野での競争を激化させ、経営現場を疲弊化させるだけだ。百貨店はEC通販にシェアを奪われるなか、没落から逃れる唯一の道は、「店頭販売」のコンセプトを放棄することだ。その意味での「Museum」化は間違っていない。ただ、展示と販売の対立性を抱えながらのマルチ形態化は、コスト面の悪化リスクを新たに招来することになる。

 「Japan Store」と「Nippon Museum」。「Japan」と「Nippon」、「Store」と「Museum」という2つの対立が解消され、かつ有機的な相互転換と融合が実現できたときは、日本の百貨店が生まれ変わるときでもある。

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コメント: KL伊勢丹、「Japan Store」と「Nippon Museum」の対立

  1.  先入観を持たずにぜひ、ご自分で視察されてください。因みに、フィデラルホテルは懐かしい。ロビー階の日本料理店「海宝丸」、昔よく利用していました。最近KLに日本食がどーんと増えたので、行かなくなりましたが・・・。

  2. 追い込まれている業態のトップ企業が、威信を賭けて、一発やらかしてしまった感でしょうか・・・。

    日本は自治体は夕張を始まりに、企業はシャープ、東芝と衰退期の現象があちらこちらで見られます。最期は読み間違えた投資、無理な投資が引き金になっています。

    いま日本の文化やソフトソフトカルチャーが世界的に発信力を強めて世界的に人気です。
    歴史的に見れば、15世紀のヴェネチアと似ています。
    経済において地中海の女王として君臨していましたが、スペイン、ポルトガルの新興国に取って代わられるとき、ヴェネチア文化が花開きました。

    今月の15日から近くのフェデラルホテルに宿をとったので、自分の目で見てきたいと思います。

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