日東電工事案(9)~臭くないものに蓋をする人たちへ

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 ちょっとした実名事例セミナーの問題で9回も連続投稿になるとは思わなかった。企業よりもいろんな利害関係が絡んだ個人個人の人間模様が交差する出来事ではないかと、私はそうした印象を受ける。

 ある海外市場からの事業縮小や撤退、それにまつわる騒動。企業のなかで働くサラリーマンでたまたまその担当ポジションにいる人間にとってみれば、上司や本社にマイナス評価を受けずにすむ手立てを懸命に考え、奮闘する姿が織りなす悲壮物語は感動的でさえある。

 臭い物に蓋をするというが、全然臭くもないのに一生懸命蓋をしようとする姿。時代に翻弄され、運命に翻弄され、いよいよ経営の真髄から離れ、目的や手段の倒錯する世界に翻弄される姿でもある。

 日東電工が遭遇した事件。正直、これはどの日系企業にも遭遇し得る事件なのだ。日東電工中国の経営者が特に問題を抱えているとか、まったくそう思わない。たまたま不運であったのかもしれない。

 事件そのものよりも、事後処理の一連の動作からやはり個人単位の必死な保身的姿勢を感じずにいられない。総領事館まで動員したところをみると、さぞかし驚くに値するだろう。

 結果はどうであろうか。私がいかにも意地悪であるかのように見られても、私が突き付けた質問には、まっすぐ答えられずに逃げた大企業と政府の在外公館がそこにあった。それが、とても悲しい。日本という国家の衰退を物語る一葉知秋的な景色ではなかろうか。

 最近、日本人の保身的な姿勢がしばしば批判の対象となるが、それは短絡的すぎるようにも思える。人間は多少保身的なところはあろう。ただ保身であるが故に、それが自分の所属する組織にマイナス結果を与えてしまったら、あまり宜しいことではなかろう。

 物事にはいろんな側面がある。その一側面を固定概念で判断し安易な行動に出れば、思いも寄らぬ逆効果になることもしばしばある。対外的に組織を代表する人間の挙動が特に深遠な影響をもつことを肝に銘じるべきだろう。

 この一件で担当者個人を追い詰めることは本意ではない。この事件で何らかの学習効果をもって今後も成長し、所属する組織のために良い仕事ができることを心から願っている。

 もうすぐ中国も旧正月連休である。深刻な話はこれくらいにしておこう。とはいっても中国の経営環境はやはり深刻である。縮小や撤退、あらゆる適正な経営判断には後ろめたさがあってならない。新天地を目指して勇気をもって転進しよう。

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コメント: 日東電工事案(9)~臭くないものに蓋をする人たちへ

  1. 権威、権力に屈しない、まさに立花さんならではの事例追究に喝采します。日東電工中国と上海市総領事には少しはいい薬と成ったことでしょう。

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