ブロックチェーンでメディアや議会の廃止へ、民主主義の極意

 ブロックチェーン技術は金融業に限られた話ではない。私が考えているのは、民主主義の極意としてメディアと議会の廃止である。ブロックチェーン技術の活用によってかようなパラドックス的(逆説的)な局面の形成も可能であろう。

 ブロックチェーン技術の根底に横たわっている本質とは、情報がP2P(Peer to Peer、フラットな個人同士の関係)のネットワークを交差しながら、チェーンで結ばれ、分散的に管理されるところである。センターとなるメインサーバーが崩壊し、世界中のネットワークによって管理される。

 つまり、分散によって集中を消滅することだ。情報の集中であるメディアも、権力の集中である代議機関(議会)も、ブロックチェーンによって崩壊することだ。

 故に、情報は特定の組織や人物によって、恣意的にコントロールされることができなくなる。その流通の痕跡もトラッキングできるし、いまのモリカケで騒がれるような文書改竄も不可能になる。つまり民主主義の実効性と生産性の向上に寄与できるのである。

 近代民主主義のセンターとなるのは、メディアと議会である。しかしながら、メディアも議会も組織である以上、その構成員や関係者の利害関係が交差し、既得利益層が形成する。そこで本来の目的が見失われ、とうとう気がつけば今日の日本のように、議会が空転し、メディアはくだらないニュースを乱舞させる様相になるわけだ。

 民主主義の悪といえば、本来の国家という集団利益が知らずに、多数の私利私欲(個益)の総和に取って代わられることだ。そもそも論になるが、国家という共同体の利益所在はいったいどこにあるのか、それは何なのか、時勢によってどのように変化しているのか。その基本中の基本がいままさに見失われているのである。モニタリング不能な状態に陥っているのである。

 代議士は失業しないためにも、まず選挙にしか目を向けない。真の国益よりも、有権者への迎合にしか興味がない。有権者だってその大多数が私利私欲やルサンチマンの塊だから、そこで国益云々の話がすでに脱線してしまっている。メディアがさらに加味すると、外敵襲来よりも村長のスキャンダルを大事なネタとして取り上げ、民衆の嫉妬心やルサンチマンを煽って国益に無関係、あるいは有害な情報を平気で垂れ流し、自分の糧を得ているわけだ。

 その先は見えている。国家の崩壊にほかならない。しかも自壊ではなく、他者に乗っ取られ破滅する道をたどるのである。具体的にいうと、効率的な独裁制度国家に打ち負かされるのかもしれない。いや、打ち負かされるだろう。議会やメディアに蹂躙される中、国家暴力装置が無力化する。特に対外防衛の中核である軍隊すらその正当性が定かでない国は、これからの世界でサバイバルできると思えるか。

 そこで、ブロックチェーン技術によって、2つの目標を実現する。1つは情報の分散と追跡・検証。もう1つは人工知能(AI)による合理的な意思決定、である。その究極のターゲットは、メディアと議会の崩壊である。

 真の民主主義とは、万民が単に参加できる政治だけではない。万民という共同体の利益が真に保護される政治システムの形成と運営、そして最善の結果への担保である

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