【Wedge】「香港人権法案」という宣戦布告、米中は「臨戦状態」へ突入

 香港問題のキーとなる「香港人権・民主主義法案」(参照:『香港問題は延焼中、米「香港人権法案」で中国は苦境に陥る』)。11月19日、米上院は全会一致で可決し、そして翌日の20日、米下院は賛成471票・反対1票の圧倒的賛成多数で可決した。法案はすでにトランプ大統領に送付された(11月25日現在)。そこで、トランプ氏は署名するだろうか。

● 「香港人権法案」の成立をめぐる3つのシナリオ

 11月23日付のワシントンポスト記事「Trump says he might veto legislation that aims to protect human rights in Hong Kong because bill could affect China trade talks」、さらに同日付の朝日新聞記事「トランプ大統領、香港人権法案に拒否権発動を示唆」。一部のメディアは、大統領が拒否権の発動を示唆したことを報じた。

 不審に思ってトランプ氏の記者会見(問答)の一部始終を調べてみた。トランプ氏は、「Veto」(拒否権発動)という言葉を使っておらず、「It is being sent over. We’re going to take a very good look at it」(法案は送られてきたが、われわれはよく吟味する)と発言したことが分かった。

 「よく吟味する」という表現は、決して肯定あるいは否定のいずれかの結論(実体)を示唆するものではなく、結論を導き出すためのプロセス(手続)を慎重に進める意思を表明したものである。ワシントンポストも朝日新聞も、忖度も含めて独自の感覚で空気を読んでそう表現したかもしれないが、すくなくともトランプ氏が否決権の発動を示唆したものとは思えない。

 では、トランプ氏が否決権を発動する可能性はないかというと、可能性としてはあると思う(この原稿を執筆している11月25日現在のシナリオ描きだが、数日後公開された時点で、状況がある程度明らかになるだろう)。

 「香港人権法」は米議会上下両院で合計反対1票のみ、ほぼ全会一致で可決された。米国史上でも極めて異例の法案可決といえる。トランプ大統領が拒否権を発動した場合、それが米国民の総意に反する決断と捉えられるだろう。氏はそこまで政治的リスクを取る必要があるのか。

 それでもトランプ氏が拒否権を発動したとしよう。法案を議会に差し戻すと、3分の2以上の賛成はほぼ間違いないので、最終的に法案が成立するだろう。

 すると、トランプ氏は習近平氏にこういう。「私は、あなたのために、最大の努力をした。議会を敵に回してまで署名を拒否したのだ。残念な結果になったが、私はやるべきことをやった」。これに習氏は何も言えない。トランプ氏は恩を売っておきながらも、対中貿易交渉で最強のカードとなる「香港人権法」を手に入れる。一方、米中交渉が決裂して米国の農民が怒っても、トランプ氏は同じセリフを繰り返す。「私は対中強硬派ではない。議会で成立した法案なのだから、仕方ない。私はやるべきことをやった」。こうして八方美人で通す。

 2つ目のシナリオは、不作為。大統領は10日間黙って何もせず法案の成立を待つのみ。その可能性もある。少なくとも積極的に署名しなかったことで、ある種の融和姿勢を示すと。トランプ氏が言った。「We have to stand with Hong Kong, but I’m also standing with President Xi」(われわれは香港人側に立たなければならないが、私は習近平主席側にも立っている)。一見優柔不断、あるいは矛盾しているようにも聞こえるこの発言をどう読むべきか。

 「われわれ」と「私」という2つの主体が使われていた。それは異なる立場を表明している。こう解読したい。

 「われわれ米国は自由民主主義という大原則のもとで、香港人側に立たなければならない。一方、中国との経済的な利害関係も存在していることから、私は大統領として習近平氏側に立ち、通商交渉での合意を引き出すことも欠かせない」

 政治的原則と経済的利益はともに大事だが、どちらを優先させるかが大変難しい。そこで大統領はあえて不作為に徹し、法案の自然成立を待つというのも悪くない選択といえる。

 3つ目のシナリオは、トランプ氏が法案に署名することだ。それは、大統領が経済的利益よりも政治的原則を優先させるという自身の姿勢を明示することになる。正義の味方という意味で世間から称賛されるが、今後の実務レベルでは苦しい立場に追い込まれる場面も出てくるだろう。

● 米中関係は「臨戦状態」に突入する

 トランプ氏は老獪な商人政治家である(参照:拙稿シリーズ『トランプを読み解く』)。彼は諸々の利害関係を天秤にかけることが得意だ。もちろん、米国議会の議員たちも利害関係に疎い輩ではない。「香港人権法案」に関して、上院は全会一致で可決、下院は賛成471票・反対1票という圧倒的賛成多数で可決。これは何を意味するのか。2点ほど注目したいところがある。

 まず、1点目。唯一の反対票は誰が投じたのか、なぜ投じたのか。

 票を投じたのは、ケンタッキー州のトーマス・マッシー議員。マッシー議員はTV取材に、法案の90%に賛成していると強調し、残りの10%、つまり他国への制裁については一貫して反対する姿勢であるため、今回も例外ではないと述べた。マッシー氏は議員のなかでも異端児的な存在で、他国への制裁にはとにかく反対の姿勢に徹しているのも事実である。相手が中国だろうとイランだろうと関係なく。これを考えると、米議会上下両院は「香港人権法案」に対して全会一致という姿勢であったと言っても過言ではない。

 次に、2点目。わずか2日間で上下両院、超党派のほぼ全議員が法案に賛成票を投じたという異例の事態、その裏に何があったのか。

 上院も下院も当然、それぞれ独自の情報委員会や様々な情報チャンネルを有している。香港情勢をもよく把握し、理解していると思われる。つまりそれがすでに緊急事態にまで発展し、最速で法案を可決しなければならないという認識をほぼすべての議員が持っていたということである。

 いくら米国とはいえ、親中派議員はいるはずだろうし、また中国の対米ロビー活動も活発に行われているだろう。中国から様々な形で利益を得ている要人や利益団体の存在も無視できない。そうしたなか、全議員が一致して法案に賛成票を投じたことは何を意味するか。少なくとも、親中派と思われたくない、親中派と思われたらまずいという状況があったのではないか。

 真珠湾攻撃後の米連邦議会に酷似している。当時連邦議会でただ1人の女性議員ジャネット・ランキン氏が対日戦への反対票を投じた。

 これを見ると、米中関係はすでに「戦争状態」、少なくとも「臨戦状態」にあると認識せざるを得ない。米国政界のエリートたちはその行動でこれを示唆してくれたのである。

 中国側の反応を見てみよう。法案可決の一報を受けて、新華社をはじめとする中国の国営メディアはわずか4~5時間の間に30本以上の記事をだし、米国側に猛烈な抗議を行った。特に注目すべきは、中央電視台(CCTV)のニュース番組では、「勿謂言之不預也」という言葉が使われたことだ。「事前に警告しなかったと言わないように」という意味だ。

 この用語は、中国の外交用語であり、一般的に武力使用、あるいは広義的に宣戦布告に先立った最後の重大警告を意味する。歴史上この言葉は1962年の中印国境紛争、1967年の中ソ国境紛争(珍宝島事件・ダマンスキー島事件)、1978年の中越戦争という3度の戦争・武力紛争の前に使われていた。

 ならば、米中のどちらも「臨戦状態」にある現状を認めたことになる。

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