加工や改造の効用、女性の目は大きいほうが美しいか?

 日本人女性、特に若い女性の写真。目が不自然に大きくなっている写真が最近増えている。アプリで「デカ目」に修正加工されていることは分かっているが、それにしても大きくなり過ぎて不自然に感じるときもある。

 化粧は日本の社会生活に不可欠な一部として、「加工」の範疇にとどまっているが、「改造」となると、次元が違ってくる。整形も改造ではあるが、現実の改造であり、リスクと限界が伴う。写真のアプリ加工はバーチャル、虚構の世界で、リスクもなければ、徐々に限界も消えつつある。そこで、現実の一線を突破すると、不自然さが目立ってしまう。

失礼!私の作品~デカ目改造

 日本の女性は、すっぴんが美しいと褒めたら、「恥ずかしい」というのだ。むしろ、ある程度の「盛り」があってそれを褒めたほうが喜ばれるようだ。美しい素地よりも、美しくなろうという努力を褒められるところに喜びを感じる。ものづくりの精神、匠の精神というのかな。ある意味でものすごく、職人的で日本人らしい。

 とはいっても、デカ目もある一線を越えると、漫画の世界になる。その一線とは、ビジュアル的な、合理的な比例である。アプリ修正以外に、自撮りの場合、角度によって目を大きく見せることもできる。両者を合わせると、目が顔に占める比例がどんどん大きくなるわけだ。どうも不自然で仕方がない。

 目が大きいのがきれいという定論だが、目が小さければ醜いのか。そんなことはまったくない。目が細くて美しい女性はたくさんいる。目が小さい人は、どちらかというと、黒目が大きく見える。白目部分が多いと、少々きつい印象を与えるが、黒目が大きいとソフトトーンになり、安心感と親近感が生まれやすい。

 美学も審美眼も人それぞれあっていい。私の場合は、ナチュラルな人が一番美しいと思う。女性も男性も同じ。

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