某中国駐在日本人管理職との会話

 数年前の旧文だが、新読したいと思う。

 読者の投書をいただきました。とても面白い、また有意義な問題提起です。ただ、問題は多岐に渡ってかなり複雑なので、何回か分けてダラダラと感想を書かせてもらいます。また、読者の皆さんからも、意見、投書を寄せていただければと思います。

≪投書原文抜粋≫

 ずっと気になることが一つあるんです。「明哲保身」=「世渡りが上手」?本社には「都合のいい報告」を、部下の反発には「俺は社長だ」で押さえ込む……。不景気を理由に部下の給与&賞与は抑え、情報交換を名目に飲み会&ゴルフ会へは積極的(勿論会社の経費)……。収集した情報と言うのが大半は飲み屋&ゴルフ場の情報……。これで取締役&現地社長になれたのも「世渡りが上手」だから?本社も?サラリーマンってこう言うもんですか?「明哲保身」の本当の意味って何なのでしょうか。教えて頂けないでしょうか

≪立花コメント≫

 「明哲保身」や「世渡りが上手」の定義や関連付けは、大変重要ですが、すみません、少し後回しにしましょう。まず、上司の言い分を聞きましょう。仮に私がその上司だったら、ご指摘に対し、以下のように回答します。

(1) 本社に「都合のいい報告」する理由は?

 現場の問題を本社に押し付けるのではなく、現場に一番近い我々の「現場力」で解決するものです。問題を見る角度、切り口も人それぞれで、私が私の立場でこう見ても、部下のあなたから見れば、「都合が良い」と捉えることがあるかもしれません。

(2) 部下の反発には「俺は社長だ」で押さえ込む理由は?

 (筆者注: その反発は、意思決定形成段階のものか?既決事項実施段階のものか?で状況が違う)。会社に「縦系列の命令系統(レポートライン)」がある以上、上司の私には最終的決定権があります!

(3) 不景気を理由に部下の給与&賞与を抑える理由は?

 不景気で会社の収益が萎縮すれば、人件費削減は欠かせない一環です。多国籍企業が未曾有の危機に直面し、どこもリストラをどんどんやっています。それに比べれば、人件費削減は温情処理です。「ワークシェリング」というのを聞いたことありますか?雇用維持を前提に、賃金減額はやむをえなしです。

(4) 情報交換を名目に飲み会&ゴルフ会へは積極的に参加する理由、収集した情報と言うのが大半は飲み屋&ゴルフ場の情報、ゴルフの熱中暑になったことについて

 経営者(上級管理職)の業務形態は、多種多様で、事務机に向かっているだけではありません。トップセールスで会社への貢献は、多くの場合、間接的なものです。業務上の交際で顧客との信頼関係の基盤を固めて、大きな仕事に結び付けていきますし、仕入れた情報もあなたが見ているような飲み屋情報だけではありません。

≪読者様コメントその2≫

 早速のメッセージ有難うございます。

 恐らく立花さんのご指摘のように、内の上司たるものはそう反論するでしょう。但し、

(1) 現場に近い我々の「現場力」で解決するという事は

 現状を正しく分析し、本質を見抜く能力があり、又、問題を解決するための本当の権限があって初めて言える事では無いでしょうか?みんな可笑しいと思っている奴をいい奴だとずっと思い込み、世の中に知りわたって初めてやっと分かる人に「現場力」何かあるわけがない。ワーカー一人解雇するのに、一々本社に報告しないと気が済まない人に「解決力」ってある訳がない。

(2) 会社には「縦列の命令系統」がある?

 自らこの命令系統を無視し、中間である我々を飛ばすのはなぜ?部下の疑問にちゃんとした説明が出来ない時に、余計に飛ばすような気がするのは気のせい?

(3) 不景気時の賃金削減-なら文句無し、むしろ当たり前。

 唯、如何して自分にかける会社経費は増える一方なの?(接待費ではない)

(4) 「上級管理職」の業務形態は多種多様である事は間違いありません。唯、何も顧客でも何でもない人と熱中暑になるぐらいまでゴルフしなくてもよさそうな気がするのですが?

 相手が取引先だったら、「お疲れさんです」一言ぐらいいえますが、、、国内販売を目指して出てきた以上、現地の情報を多種多様に収集して欲しいんですが……。こんな事書いているより、今の会社やめたら済むことなんですけどね……。唯、立花さんなら何かいい事を教えてくれるのではって……。

≪立花コメント≫

 非常に、素晴らしいコメントありがとうございました。具体的な問題点を生々しく描いてくれました。コンサルティング現場では、上司や部下、事務職、営業職、生産ライン……、色々な方々にヒアリングをします、このように具体的に問題点を提示してくれるのが一番助かります。

 まず、問題抽出と解決のエクササイズに入る前、5点ほど申し上げます。

 1点目、私は、上司の立場に立ってものを言うつもりはまったくありません。コンサルタントとしても、あってはならないことです。同じように、部下の肩を持つこともしません。あくまでも、企業内の問題解決を中心に議論を進めます。もちろん、上司も部下も気持ちよくなってもらわないと、問題解決はできませんから、その辺の調整も仕事のうちです。

 2点目、通常のコンサルティングは、対面ヒアリング、現地調査が必須です。ブログ上のバーチャル・エクササイズでは、あくまでも一般論や私の勘に頼るしかありませんので、適合性の問題もありますし、間違ったりすることがあるかもしれません。その辺は、ご容赦ください。

 3点目、この手の問題は、いままで私が手がけた事案の中でも、かなりありました。大抵解決できます。ただし、人間に絡んだ問題ですから、時間がかかります。段階的に改善していく過程がありますので、気長にしてください。

 4点目、これは一番大事なところです。会社(経営陣)に、「問題解決」の意思がないと何やっても無駄です。通常、コンサルティング案件を依頼してくれることは、「問題解決」の意思表示ですが、今回は、ブログ上のバーチャル・エクササイズですので、必ずしも、当事者全員に「問題意識」、「問題解決」の意思があるとは限りません。でも、心配しないでください。やり方次第で、意識や意思のない当事者を動かすことだって、まったく出来ないわけではません。ただ、上が下を動かすことが、逆方向よりやりやすいのも実情です。今回は、下から上ですよね、なかなか難しいかもしれませんよ。でも、やらないよりはやった方がよいと思います。

 5点目、上司の挙動を見て、イライラ、ムカムカしてきますね。私も、昔よく体験しました。お気持ちは良く分かります。ただ、その辺の気持ちはまずぐっと抑えましょう。感情的にぶつかったら問題解決になりませんよね。少し難しいかもしれませんが、「もし、私が上司だったら」という情景を思い浮かべてみてください。それから、どんな悪い上司でも、ここだけが良かったというところはあると思いますが、教えてくれませんか?

 前触れが長くなりましたが、エクササイズに入りましょう。読者様コメントその2への回答を続けます。

【Q】現場に近い我々の「現場力」で解決するという事は、現状を正しく分析し、本質を見抜く能力があり、又、問題を解決するための本当の権限があって初めて言える事では無いでしょうか?
【A】ご指摘の通りです。問題の発見、分析、本質を見抜く力、そして問題解決の提案力、実施力が問われます。それに、適正な権限の付与です。そこで、質問になりますが、社内制度はどうなっているのでしょうか。たとえば、現場からの情報収集について、現場からの報告、定期・不定期の打ち合わせなど、制度化されているのか、制度があってかつ実施しているのか?そして、現場から集めた情報をそのまま放置せずに、適正に処理しているのか?問題抽出、解決策に取り組んでいるのか?情報発信元(現場スタッフ)にフィードバックしているのか?……多分ご存知かとは思いますが、要は、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)が日々社内できちゃんと回っているかどうかです。こればかりは、中国も日本も万国共通です。PDCAサイクルは、経営の基本中の基本、これが動かなければ、あるいは、動かせる体制がなければ、重症ですね。まず、会社の経営方針の見直しが必要だと思います。

【Q】みんな可笑しいと思っている奴をいい奴だとずっと思い込み、世の中に知りわたって初めてやっと分かる人に「現場力」何かあるわけがない。
【A】まず、「おかしい奴」が本当におかしいかどうかを別としましょう。現場の情報に疎い日本人総経理って結構多いのが事実です。次のような原因(単一または複合)を挙げられます。
 ● 単一情報チャンネル。特定の人物(日本語のできる補佐や秘書、総務担当者など)から情報を仕入れていると、その人物の語学水準やその人物の判断・個人利害関係で情報の色が変わったりします。しばらくすると、補佐と総経理の実質的地位が逆転するケースもありますよ。これが一番厄介なケースです。
 ● 日本人総経理本人の能力、スキル、「現場」に対しての認識に左右されます。
 ● 会社の制度、企業文化が「現場重視」になっているかどうかに左右されます。……などなど。まず、原因究明が必要でしょう。

【Q】ワーカー1人解雇するのに、一々本社に報告しないと気が済まない人に「解決力」ってある訳がない。
【A】ワーカー1人解雇するのに、一々本社に報告するような制度になっているのでしょうか?なっているのならば、まず、権限付与の制度の問題でしょう。これもまず制度の状況を調べる必要があります。言ってみれば、総経理の決裁権を明確にしているかどうかです。

【Q】会社には「縦列の命令系統」がある?自らこの命令系統を無視し、中間である我々を飛ばすのはなぜ?部下の疑問にちゃんとした説明が出来ない時に、余計に飛ばすような気がするのは気のせい?
【A】会社には、通常「レポートライン」がありますが、ありませんか?「レポートライン」とは、上司と部下の「報告経路」(往路)と「決裁経路」(復路)という社内業務上のコミュニケーション・フローです。この「レポートライン」がきちんと明確にあるにもかかわらず、総経理が中間を飛ばして独裁を行うのが明らかに業務規定違反になります。業務に関係する部下の疑問に対し、総経理が回避するのも職務不完全履行です。そのような事例を、書面(たとえば、メールのやり取り)に取っておきましょう。

【Q】不景気時の賃金削減なら文句無し、むしろ当たり前。唯、どうして自分にかける会社経費は増える一方なの?(接待費ではない)
【A】これは具体的な状況を知らずに私はコメントできません。予算審査権は、どこにあるのでしょうか?董事会?それとも本社?実際の拠出に対する監査機能もついているはずです。総経理自分の経費の妥当性、必要性の問題ですから、一般論では語れないので、ごめんなさい。

【Q】「上級管理職」の業務形態は多種多様である事は間違いありません。唯、何も顧客でも何でもない人と熱中暑になるぐらいまでゴルフしなくてもよさそうな気がするのですが?相手が取引先だったら、「お疲れさんです」一言ぐらいいえますが、国内販売を目指して出てきた以上、現地の情報を多種多様に収集して欲しいんですが……。
【A】一番大きな問題はここです。接待ゴルフの相手が誰だろうと、業務に関連しているかどうかです。たとえ、顧客や見込み顧客でなくとも、ちゃんと業務への関連性を総経理が説明できなければ、それは公費私用疑惑の大問題になります。ただ、一部の会社は、ゴルフ会員権を任期中の総経理に付与し、非業務使用も認めているところもあるようですが、制度を確認する必要があります。最後に、「現地情報の収集」ですが、これは総経理の職務範囲内になっているかどうか、いわゆる総経理の「職務記述書」たるものを確認する必要がまずあるでしょう。職務範囲内で、努力不足の場合、職務怠慢になります。そのとき、総経理の人事考課に反映されるべきでしょうから、そうなっていなければ制度上の問題、あるいは制度実施上の問題になります。

 少し状況が見えてきましたので、中間まとめにします。問題所在と方向性を提示してみます。

<中間まとめ>サラリーマンの5本の指と5本の道

 何回も繰り返しになってしまいますが、バーチャル・エクササイズなので、的確なコメントを出せるかどうか分かりません。ここまでの経過を、中間まとめにしますと、概してこの会社は、とりわけ中国現地法人の制度面では、不備又は欠陥があるように思えます。2つの仮説を立てましょう。

 仮説その1、制度の不備か不適合。制度がなかったり、不完全だったり、日本本社の制度をそのまま中国に導入してアレルギーを起こしたり……などなど。

 仮説その2、制度の作動不能。色々な理由があります。上記の不適合性に起因した故障や誤作動もあれば、人為的な問題もあります。人為的な問題なら、また、客観的と主観的問題に分かれます。経営管理陣の人的資源の不足、専門家の不在、制度の煩雑さ……などなど。

 中国という国も同じです。中国の法律だって、日本の「六法全書」同様揃っている。けれど、いざ現場になると、勝手に解釈されたり、勝手に運用されたりして、要は、「法制社会」であっても、なかなか「法治社会」にならないわけです。

 中国語の読み方では、「法制」も「法治」も、同じ「Fa Zhi」と言い、混同する人が多いようです。まったく、意味が違うのがいかにも皮肉ですね。会社にも法律があります。会社の制度です。一つの会社は、「法制企業」か「法治企業」で結果が変わります。

 会社が「法治企業」であれば、どんな総経理、管理職が在任しても、管理運営の品質がほぼ均一化しているはずです。なぜなら、総経理や管理職個人の異質性が、制度の均一性にカバーされるからです。いわゆる個人の色があっても、そのマイナス作動(軌道脱線)だけは、最大限に抑制されます。

 しかし、会社が不幸にも「法治企業」ではなく、「法制企業」だったり、或いは制度さえ不備である「無法企業」だったりします。すると、状況が一変します。「法治」でなければ、「人治」になるわけで、そこで総経理やトップの個人色が全面的に出ます。上司の「生き方」や「考え方」で職場ががらりと変わります。

 もう少し分かりやすく言えば、サラリーマンは、まず「制度」に頼る、「制度」に頼れないのなら、「上司」に頼るしかありません。中国では、会社の制度よりも、まず「老板」ですね。これは、中国企業の「人治」の象徴にほかなりません。

 では、どうすればよいのか?そこで、「法制企業」或いは「無法企業」にいるサラリーマンには、5本の道があります。

 1本の道は、自分を変えること = 現状に耐えて環境に順応すること。
 1本の道は、山を動かすこと = 会社を「法治化」させること。
 1本の道は、神様に祈ること = 良い上司に出会うこと。
 1本の道は、神様になること = 悪い上司を良い上司に変えること。
 最後の道は、逃げること = 会社を辞めること。

 この5本の道は、5本の指の如く、どれが親指か、どれが人差し指か……は、人によって変わりますし、それぞれ各自決めれば良い。まず、前の四本の指を動かしてみて、どれが一本でも動けば良いが、全部動かなかったら、最後の一本の指を動かすしかありません。いかがでしょうか。

タグ: