人材慰留で見られる遠心力、求心力と粘着力の哲理

 辞職届。顧客企業X社の中国人中堅幹部Yさんの慰留を同社総経理に提言した。私としては、前例がない。

 辞意を表明したスタッフは、基本的に引き留めない。――私は、自社でも顧客企業でも同じスタンスである。

 転職がYさんにとってキャリアアップ、躍進になるのであれば、私は決して余計な口出しはしない。むしろ喜んでYさんを送り出す。それよりも、YさんがなぜX社を離れようとしたのか、この問題の解決に目を向けたい。会社の方針や制度に問題があれば、真摯に対応しなければならない。

 人材の流出は、会社にとってコストである。転職は、従業員にとってもリスクが伴い、一種のコストである。このような状況の改善は、双方のコストパフォーマンスの向上につながる。どこか突破口を見つけて問題の解決に取り組みたい。

 従業員には、会社を離れる「遠心力」を、会社には、人材を引き付ける「求心力」を求めたい。これは私の一貫した「組織力の理論」である。

 会社を離れると、生存できないような人は人材ではないし、いつまでも会社にぶら下がる「粘着力」しか持ち得ない。生存力は、サバイバルの力で、組織を離れようとする「遠心力」なのである。それに対して、会社は、人材をぎゅっと引き付ける「求心力」を持たなければ、気がついたら、「遠心力」の人材がどんどん離れていき、残りは「粘着力」のぶら下がり組だけになってしまう。そうなれば、企業は衰退し、いずれ滅びる道を辿るだろう。

 だから、会社は従業員に「求心力」を求めてはならない。会社と従業員とは、粘着も癒着もあってはならず、つねに「求心力」と「遠心力」が相互作動しあう、一種の緊張感が張られる均衡関係でなければならない。

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