最後の3日、歴史が残してくれた最後のチャンス

 1月20日まであと3日、歴史が残してくれた最後のチャンス。トランプが、「平時」モードから「有事」に切り替えられるかどうか、トップの覚悟と決断にかかっている。ここで、軍と力を動員して悪勢力を一掃しなければ、歴史を書き換えるチャンスを逃す。米国は暗黒時代に突入する。

 繰り返してきたが、トランプ大統領だけでなく、日本などの民主主義国家が「平時」と「有事」の区別がつかずに、平時思考から脱出できずにやってきた。法と秩序がとっくに共産主義者に奪われたことを見守りながらも、トランプが平時下の平和に固執してきた。痛々しすぎる出来事だ。平和ボケは何も日本人だけではない。

 世の中、悪人が善人を悪人と思っている。善人が悪人を善人と思っている。性善説は、自分が悪人と思われないためにあり、偽善の原点である。

 マズローの欲求5段階説によれば、人間は第1段階の基本的な生存(生理)欲求と第2段階の安全欲求が満たされた時点で、第3段階の社会的欲求に進む。情緒的な人間関係をもとに他者に受け入れられる、いわゆる集団所属状態を求める以上、悪人と思われないためにも、ある程度の偽善は止むを得ない。あえて、偽善を「美善」と表現しよう。

 性悪説もそうだが、有事モードにおける決断はトップにとってそうたやすいものではない。一方、性悪説の世界に生き、目的のために手段を選ばない輩には、偽善も美善も必要ない。法を曲げねじり、秩序を踏みにじり、恥を捨てた連中を相手に戦いの美学を掲げることは、自殺や無理心中に等しい。

 20世紀90年代初頭、ソ連と東欧共産圏の崩壊をみて、世界が共産主義の終焉を喜び、歓呼し、祝杯を挙げた。冷戦終結は、「有事」から「平時」への移行を誤って宣告したものだ。ニュールンベルグ裁判にあたる総括はなかった。共産主義者の基本は、「闘争」、つまり「有事」であり、彼たちの辞書に「平時」が存在しない。この点を我々は忘れたのである。

 トランプの失敗、その本質は、「有事」モードに切り替えることができなかったことにある。正義は勝つ。しかし、勝ち方が問われる。勝ち方を間違えれば、正義が負ける。正義が負けたとき、邪悪が正義になる。正義が勝つのではなく、勝ったのが正義であるからだ。

 それでも、真の正義はいずれ勝つ。ただ、大きな代償を支払ってから勝つ。その代償とは、大方の人が私の書いたこの原理を理解するまでの学習コストである。正確に言うと、習得よりも体得である。自由や財産の喪失から、搾取、弾圧、隷属、レイプ、飢餓、健康や生命の喪失まで被害を受け、マズロー欲求説の低次欲求に戻されたところで、大方の人は覚醒し、反抗する。そこで、真の正義が勝つ。

 民意というが、米国に限って言えば、現状トランプ支持者の8000万人では足りない。しかも、そのほとんどが真理を悟ったよりも、利益を侵害された人たちにすぎない。支持者なら、2億人以上の絶対多数が必要。数年はかかるだろう。

 正義は勝つ。しかし、試練が足りない。苦難・苦悩の遍歴が必要だ。神様がそう判断するなら、従うしかない。

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