私はこうして会社を辞めました(40)―難局下のやりくり

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(敬称略)

2339398年夏香港赴任直前のギリシャ旅行、サントリーニ島

 封書を開けることも、ファックスを見ることも、怖い。顧客から解約通知がひっきりなしに舞い込む。顧客訪問も行きたくない。行くと解約の話が出る。アジア金融危機、日本国内金融機関の破たん危機の挟み撃ちを受け、私が担当する香港の日系マーケットは深刻な状況に置かれていた。

 上海着任当時の苦い経験を思い出し、新しい上司に何とか実績を見せなければ、着任早々解約の嵐だけでは話にならない。アーリー・スモール・サクセスといって、早い段階で小さくても良いから何らかの実績を出したい。

 冷静に考えよう。

 深刻な状況は、ロイター一社だけではない。他社、競合他社も同じ状況である。お互い様の中でできることといえば、あれしかない!競合他社からシェアを奪うのだ。競合他社も解約の嵐を食らって、解約を食い止めようと営業マンが消火マンとなって奔走している。ふと、私がひらめいた。競合他社が予想できない手を使おう。

23393_298年夏、ギリシャ・パルテノン神殿前

 上海赴任当時のやり方は、一番契約してくれそうな見込み顧客を絞り込み、営業攻勢をかけたが、ここ香港、私は正反対の手を使った――一番解約しそうな顧客を訪問するのだ。

 「情報サービス削減の件で伺いました」、私が顧客に会って冒頭いきなり切り出す。
 「えっ?まだ、解約と決まったわけではないのですが・・・」、顧客が驚きを隠さない。
 「大変失礼いたしました。ご時勢ですので、コスト削減のご検討をされるようでれば、是非お手伝いさせていただければと」、私が意図を明かす。
 「どのように?」、案の定、顧客が乗ってくる。
 「貴行の業務現状を踏まえた情報インフラの再構築を提案させていただきたい」、私が事前準備しておいた資料を広げる。

 現状を顧客と一緒に分析し、今後の人員変更と新ユーザー陣容、業務サイズ、それらにマッチした必要な情報内容と数量、コンティンジェンシー・プラン(緊急時対応計画)・・・で、最終的には、当然ながら、競合他社を含めた各社端末の構成となると、ロイターの絶対的優勢に持ち込む。

23393_398年夏香港赴任時、最初に取った香港の労働ビザ

 たとえば、J銀行香港支店、現状ロイター10端末、競合A社25端末、競合B社5端末の場合、コスト削減プランによって、変更後はロイター12端末、競合A社15端末、競合B社2端末とする。すると、ロイターが新規2台の獲得となる。

 また、K銀行香港支店の場合、現状ロイター15端末、競合A社30 端末、競合B社3端末をドラスティックな削減で、ロイター12端末、競合A社5 端末、競合B社1端末へともっていく。ロイターは端末台数にして3台減の軽傷でありながら、K銀行でサブから逆転し、メインの座を手に入れる。

 私が上司へ提出する営業報告の書式も変えた。ただ単独の売上げ増減だけでなく、同一顧客サイトにおける競合他社との対比データの変化状況も盛り込んだ。総量減の中でも、相対的に、ロイターの傷の最小化と占有率(構成比例)の最大化を、評価のベンチマークとし、上司にアピールした。また、それが見事に奏功した。全体的に日系マーケットの出血が止まり始めた。

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